わったり☆がったり

왔다 갔다(行ったり来たり)な毎日です(*^_^*)

「足らぬ足らぬは工夫が足りぬ」なのか!?

各世帯に、マスク2枚ずつ配布。

「これで、不安が消えますよ!」「マスク需要を抑制するのに役立つ」

 

・・・んなわけあるかい! と、既にもう世間で怒りやら諦めやらが渦巻いていますが。

 

「欲しがりません勝つまでは」かよ!

「足らぬ足らぬは工夫が足りぬ」かよ!

 

高校生のとき、演劇部で、戦時下の、いわば「銃後の母」役をやったことがあった。

モンペをはいて、バケツリレーやら竹やり訓練やらに駆り出される描写があって、82年の高校1年生は「空襲されてるのに竹やりでどうするんだ?」的なセリフには共感できても(そういう非国民キャラだった)、ホントに本気でみんなこれをやってたのか? の方がまったく腑に落ちず、したがって自分の台詞の危うさ:こんなこと口に出して、どうなるかわかってんのか!という危機感がまったく持てず、そうなるとやっぱり演出家にはダメだしされ・・・

そして演劇部は引退した3年生まで巻き込んでの大激論になった(笑…演劇に対してだけは超絶まじめだったのだ)

 

それは、ダメだしする演出家の2年生に対し、別の2年生が「そんなこというけど、平和な時代しか知らん俺らに戦時中の人間の気持ちなんてわかる?」「お前が求めてんのも、所詮、お前のイメージやん?」と言い出し、それに対して演出家が「いや、100%のシンクロはできへんけど、リアリティは必要やろ」と言い返し、「じゃあ、リアリティってなんやねん」と大バトル。1年生の私たちも「演劇のリアルってなんや!?」と参戦(というより、わからないから質問するけど、質問されても先輩たちもぐるぐるするだけっていう…)

 

その当時は、まだ先生方の中にも「元軍国少年」的な人が残っていて(広島で被爆された先生もいた)、そういう先生たちにも聞いてみたり。そして聴いたことを又部室に持ち帰って侃々諤々。

 

竹やりでアメリカに勝つんだと、本気で思ってたよ。信じたというより、疑うことを知らなかったというべきかな。

といった、国語の先生。『爆弾三勇士』に心を躍らせ、お国のために死ぬことが夢で、それがおかしいと思わなかった。「その経験があるから、ぼくは教育が大事だと思う」

 

俺らは戦後生まれやし、飢えも知らんし、空襲も知らんから、100%再現するなんて無理やと思う。けど、見てる方も知らんわけやん? そこで戦時下を舞台に選んで、それを描くのは何のためなん? 伝えたいことがあるからやん? やとしたら、伝えたいことを伝えるために努力するだけの話しちゃうの?

といった3年の先輩。先輩はこうも言った。

そもそも、演劇って想像力やん? 作ってる側の俺らの想像力と、見てくれる人の想像力の掛け算やん? だったら、リアルがなにかではなくて、大事にしたいことがなにかを突き詰めて、伝えることと、受ける人の想像力を信じるしかないんちゃう?

ただ、想像するためには知らなあかんから、経験者の話を聴くことは大事やと思う。リアルを知っている人への尊敬を忘れたら、演劇はアカンくなるんちゃうかな

 

…そんな話を積み重ねたことで、私は竹やりでB29に立ち向かおうとした人たちの気持ちを、実感としてはわからないけれど、それを信じざるを得なかった人がいたこと、そういう社会の空気があったということ、を理解した。

わかるけれど、わからない。そういうこと。

 

それから40年近く経った、21世紀の日本で、
まさかその「わからない」が「わかる」ようになるなんてな。と。

 

「〇〇ウイルス」と地名を名指しして敵は外にいる、日本に入れるな、と排除すれば「勝てる」かのように言いつのり、

夜の街が、若者が、海外からの帰国者が、「クラスター」だと名指しして、バッシングしていれば「勝てる」かのように錯覚させ、

その錯覚に、大衆がのっかって、「子どもが外遊びしている」「家にじっとしていない連中はけしからん」とSNSで密告しあい・・・

 

まさに戦時下だ。

 

あぁ、こういう状況のなかで、

「米軍がやってきたら竹やりで自衛せよ」だとか

「空襲になっても、最後まで防火の努力を怠るな」だとか

まさにいまの「自粛要請」と同じだ。国民にお願いしている体で、実際には役に立たない、むしろ危険な行為をやらせ、それで亡くなった人たちに何の謝罪もお悔やみもなく、戦後75年である(空襲被害者は「国民が等しく受忍した被害」として補償がない。軍から「明確に命令があったか」が補償の有無を分ける仕組み。自粛要請だって「要請」だから、政府は責任を取らない仕組みだ)

それでも、明日がどうなるかわからない不安のなかで、なんらか身体を動かして訓練していれば、何かやれているように思えて、みんながそれにすがってしまったんだろうな。それを疑うことは、不安を直視することになるから。これでいいの? と不安を自覚することが、怖くてたまらない。そういう空気に包まれていたんだな。といま思う。

 

前の記事でも『夜と霧』が身につまされると書いたけれど、身につまされる…なんていう落ち着いた表現では足りなくなりつつあると感じる。

 

この戦争状態のなかで、いかに精神を保てるか。

疑問を疑問として、変だなと感じる自分の感受性を信頼して、大切にする。

そして、それを恐れずに口に出す。

そんなことが、とても重要で、力のいることになっている。

 

私は、高1のときに演じた銃後のお母さんの、

「ほんとにこんなもので勝てるのかね…」とつぶやいた「勇気」を噛み締めている。

 

↓こんな記事がありました。

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

 

 

 

 

ふたたび『夜と霧』

『夜と霧』をなぜそんなに一生懸命読んでいたかって・・・

来週から、ポーランドアウシュビッツ)を訪れる予定だったのです。

3月当初は、日本政府のアホで差別的な的外れ対応のせいでヨーロッパが怒って日本人締め出されたらどうしよう…的な心配をしていたのですが、そうこうするうちにWHOがパンデミックを宣言し、いまやヨーロッパに感染が広がって大変な状況になり…という展開になって、ツアーが中止になりました(アウシュビッツ博物館も閉館中)

 

ある著名な心理学者がなにかの折にこのこと(被収容者は解放までの期限をまったく知らなかったことー引用者注 )にふれて、強制収容所におけるありようを「暫定的存在」と呼んだが、この定義を補いたいと思う。つまり、強制収容所における被収容者は「無期限の暫定的存在」と定義される、と。   ―『夜と霧』新版118p

(暫定的な)ありようがいつ終わるか見通しのつかない人間は、目的をもって生きることができない。ふつうのありようの人間のように、未来を見すえて存在することができないのだ。そのため、内面的生活はその構造からがらりと様変わりしてしまう。精神の崩壊現象が始まるのだ。これは、別の人生の諸相においてもすでにおなじみで、似たような心理的状況はたとえば失業などでも起こりうる。 ―同 119p

 先日、同じツアーに参加予定だった若い人たちが主催した小さな読書会に参加させてもらったとき、上記の箇所が「この(COVID19)騒動がいつ終わるか見通しがつかない状況にいる私たちのことだと思った」という発題があって、あぁ、ほんとうだ! と思いました。そのときはまだ、ツアー実施に一縷の望みをかけてはいたのですが、いつ終わるかわからない、しかも不確定な情報や噂がどんどん飛んできて不安をあおられる……そんな状況。

同じ119pにフランクルは「わたしが、収容所の一日は一週間より長い、というと、収容所仲間は一様にうなずいてくれたものだ」とも書いています。まさに一日のなかで耳目に入ってしまう様々な情報に感情が振り回されて乱高下し、それに疲れて「今日も長かったな」という感覚と、でも仕事はキャンセルされるし、参加したいイベントも中止が続くしで、日常のルーティンを淡々とやって過ごすしかなく、代わり映えがしないので「あれ、もう1週間たったのか」という感覚もあるという矛盾した時間の感覚も、まさにその通り……。

読書会では、フランクルが「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ」と書く「ユーモア」ということは他に何があるんだろう…という話や、「内面的なよりどころ」とは一人ひとりにとって、具体的にどんなことなんだろう…という話などをしました。もちろん一人で読んでも学ぶところのたくさんある名著だけど、こうして書かれていることばを手がかりに話をすることで、自分自身の「いま・ここ」と目の前にいる人の「いま・ここ」、そしてフランクルの収容所内での「かつて・収容所で」や執筆時の「そのとき・書斎で」の感覚や経験が交わって、次の読みが生まれる。すごく素敵な時間を持てたなぁと思います。「暫定的存在」になってしまっているいまの私たちだけれど、その状況でもなお、そこから何かを学ぼうとすることはできる。それは私の「決断」しだいだということだなぁと、思います。

現実をまるごと無価値なものに貶めることは、被収容者の暫定的なありようにはしっくりくるとはいえ、ついには節操を失い、堕落することにつながった。なにしろ「目的なんてない」からだ。このような人間は、過酷きわまる外的条件が人間の内面的成長をうながすことがあるということを忘れている。収容所生活の外面的困難を内面にとっての試練とする代わりに、目下の自分のありようを真摯に受けとめず、これは被本来的ななにかなのだと高をくくり、こういうことの前では過去の生活にしがみついて心を閉ざしていたほうが得策だと考えるのだ。―同 121-122pp

したがって、収容所生活が被収容者にもたらす精神病理学的症状に心理療法や精神衛生の立場から対処するには、強制収容所にいる人間に、そこが強制収容所であってもなお、なんとか未来に、未来の目的にふたたび目を向けさせることに意を用い、精神的に励ますことが有力な手立てとなる。被収容者の中には、本能的にそうした者たちもいた。その人たちは、おおむねよりどころとなるものをもっていた。そこにはたいてい、未来のなにがしかがかかわっていた。 ―同 123p

 

今回のツアーは中止になってしまったけれど、いつか必ず行くし、

今回も、行けなかったけれど貴重な学びを得ることができたから、これでいい。

フランクルには『それでも人生にイエスと言う』という本もありましたね、そういえば……(春秋社。講演録です)

悔しいけど、この経験と学びはだれからも奪われない私のもの。

そして、悔しさとともに学びを共有できた人たちがいること。

この人たちと、行けたらいいな。・・・という未来を見すえて、

パンデミックに精神まで支配されないように、私は私の主体性を信じて新年度の準備に勤しむことにします(とはいえ、悔しいぞ!)

「全国一斉休校」要請で、考えること

もう、多くの人が既に発言もし、政府への抗議もし、しているところですが。

www.change.org

「緊急事態」だから「政治判断」で「私(首相)の責任」で決定したのだそうです。

 

決定の経過もその後のごたごたも、すべてが腹立たしくて怒髪天を衝きますが、この数日で改めてはっきりしたなぁと思うのは、この国の

教育/学校に対するまなざしに潜む子ども蔑視

です。悔しくてたまらない。以下、怒っているのでまとまらない乱文です。

 

4月から積みあげてきた学級の、学年の取り組み。仲間と知り合い、関係が深まり、さぁ、まとめの3月だ! というところで、突如ブツッと断ち切られることの残酷さと暴力性が、まったくわからない国会の人たち(これは与党だけでなく、野党の人たちも危ういと思っている。そして国会だけでなく、検査もきちんと実施せずに感染者が少ない現状で「休校」を先走った大阪市長とそこに追随した大阪府下の維新首長たちはもっとたちが悪い)

 

批判されて、慌てて「働く大人の都合」にはすり寄ることを言い出したけれど
(これにしても、松井大阪市長の「保護者の事情によっては(子どもを)学校で預かればいい」と言った、「預かる」表現に、私は怒り心頭。子どもはモノじゃない。そして政府も、休校で教員は時間があるだろと言わんばかりに「教員が学童を手伝うように」と言い出した。だったらなぜ休校? 教員の専門性をなめきっている)

もちろん保護者は大変だ。そして、慌ててすり寄ってはいても、やはり非正規労働で何とかやりくりしている家庭やひとり親家庭のことは視界から抜けている。「保育所と学童は開設」すると、そこで働く保護者は? リモートワークしながら隣で子どもが宿題しているご家庭の映像がテレビで何度も流れたが、そんなことができる親はほんとうに一握りでしかないし、それで居心地よく?過ごせる子どもだって限られている。

 

家よりも学校の方が安全で居心地がいいという子どもだっている。
(親にしても、子どもが家にいない時間があることで精神的な逃げ場を確保できるというタイプの人もいる)

給食が唯一のまともな食事になっている子どもだっている。
(親の側からしても、子どもに格安でバランスの取れた一食が確実にある、ということで日常を救われている親だっているはずだ)

学年末だから、友だちとあれもしてこれもして…と計画もあったはずだ。
(担任の先生方も、ここはいちばん呆然自失ではないかと思う。やりきれない……)

 

「政治判断」が何のエビデンスにも基づかない暴挙だということは、国会でも繰り返し野党が追及して明らかになってきているけれど、

「子どもがどうしたいか、子どもの意見は聴かないのか?」

「せめて子どもに近い、現場の教職員に意見を聴かないのか?」

という質問の仕方を、だれもやらない。

そして思い返せばいつもそうだ。

入試改革

指導要領改訂

学校統廃合

いつも、子どもの意見は聴かないし、現場教員の意見もないがしろにされてきた。

その積み重ねがあるから、今回、

学校が標的にされたのではないだろうか。

 

大人の行動を規制するのは難しい。「休業補償して出勤させるな」は言いづらい。お金も出したくないし、企業から反発されるのも嫌だ。……そうだ、学校なら!「子どもの健康を守る」と言えばかっこうもつくし、反発されたところで抑え込める、学校と教員はなんだかんだいっても「子どものため」といえば働く。こっちへの反発より目の前の子どものことにかかってくれるからな……そう為政者たちが学習してきたから、こんなことになっているのではないだろうか。

 

いま、ないがしろにされているのは、子どもの権利だ。
「子どもたちの健康と安心を守る」という錦の御旗の元に、なかまと共に育つ権利、安心して過ごす権利、参加する権利がないがしろにされている。

「緊急事態だから」と国会で何度も発言していた。

しかし「緊急事態に人権が二の次になるのは仕方がない」のなら、なおのこと、何が「緊急事態」なのか、なぜそう規定できるのか、そこが明瞭でなければならない。そこをあいまいにしたまま、「緊急事態だ」を連呼する為政者を許したら、なんでもありになってしまう。法治主義が崩壊する(もう崩壊しているけど)

 

そう考えだすと、ほんとうに、子どもたちや現場の先生方にも、申し訳なく思う。
その都度その都度、やはりもっと怒らなくてはならなかった。

反省している場合ではないので、せいいっぱい抗議しようと思う。

 

それにしても。

ほんとうに子ども関係の仕事をしている人たちや、子どものことを考えている人たちはなめられている。目の前の子どもや親の困りごとに対応しないといけなくて、それに一生懸命になってしまうことで、けっきょく政府の失政のしりぬぐいをしてしまう。そりゃ、失政の犠牲は少ない方がいいし、「政府が悪いからあきらめろ」なんて、目の前に人に言えるわけがないんだから、ジレンマでしかないけれど、それでもやっぱり「なんで私たちがこんなことをやらされなきゃならないんだ?」と怒ることを忘れてはいけない(とはいえ、怒るのはエネルギーが必要で、人間にはエネルギーも時間も限られているから、怒りの方にまでエネルギー回らないのよ…というのもわかる。でも、けっきょくそれが…の堂々巡りになるのが悔しいしやりきれないし、怒り心頭です…)

 

『夜と霧』ー人生の意味の心理学

今朝、新聞を読んでいて。

『夜と霧』が、強制収容所を生き抜いた著者の強さから学ぶというキャッチで自己啓発本として宣伝されている…という一文を読んで驚愕。


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言わずと知れた20世紀の名著ですが……

 

自己啓発本って!?

 

あり得へん……(嘆)

 

心理学者、強制収容所を体験する

これが原題。著者のヴィクトール・E・フランクルは、フロイトアドラーに学んだ心理学者。20年ぐらい前にアドラー心理学講座に通っていたとき「フランクルはアドレリアンですよ」と聞いて「へぇ」と思った記憶がここで結びつき、昨日あらためて、当時の自分のノートを探し出して参照しながら読みなおしていたところだったので、なおさら自己啓発本扱いに怒りが……(ということで書き始めた 笑)

 

まぁ、アドラー心理学自己啓発本の棚に並んでるか……嘆かわしい。

 

原著タイトルが示すように、この本は精神科医であったフランクルが、強制収容所での体験を心理学的な立場から記録したものです。

強制収容所についての事実報告はすでにありあまるほど発表されている。したがって、事実については、ひとりの人間がほんとうにこういう経験をしたのだということを裏づけるためにだけふれることにして、ここでは、そうした経験を心理学の立場から解明してみようと思う。その意義は、強制収容所での生活をみずからの経験として知っている読者にとってとそうではない読者にとってでは異なる。第一の読者グループにとっての意義は、彼らが身をもって経験したことがこんにちの科学で解き明かされることにあり、第二のグループにとっては、それが理解可能なものになる、ということだ。(中略)

「まっただなか」にいた者は、完全に客観的な判断をくだすには、多分距離がなさすぎるだろう。しかしそうだとしても、この経験を身をもって知っているのは彼だけなのだ。もちろん、みずから経験したものの物差しはゆがんでいるかもしれない。いや、まさにゆがんでいるだろう。このことは度外視するわけにいかない。そこで、いわゆるプライヴェートなことにはできるだけふれないことが、しかし他方、必要な場合には個人的な経験を記述する勇気をふるいおこすことが重要になってくる。

――『夜と霧』新版 7-9pp

アドラー心理学で「勇気」「勇気づけ」は頻出するキーワードで、ここでの使い方が、まさにアドラー心理学! ということは、読みこめば、アドラー心理学への理解も深まるのでは……と思いついて、昨日一日読み直していたのでした(そしてこういう勉強の作業は手書きでないと頭に入らない私。どうやら具体的物理的に手を動かして、描いたものを視認して初めて落ちるという認知のクセがあるようで)

以下、昨日考えたことを書きますが、あくまで《私の理解》です。ちなみに私が通った講座はアドラーギルド主催のもの。個人的には今でも、野田俊作さんのお話がいちばんわかりやすく、巷で売れている書籍はなんかちょっと微妙だなぁと思っています。このサイトで野田さんの講座映像も公開されていますので、ご参考まで。

アドラーギルド|Adler Guild

アドラー心理学でいう主体性(creativity)

アドラー心理学の特徴の一つが「全体論

〇「個人(全体)が、心・身(部分)を動かす」

×「心(部分)が、個人(全体)を動かす」

人間は身体的諸器官と精神的諸器官の統合された「全体」であって、部分でバラバラにしたらもうそれは人間ではない(死んじゃう)・・・と書くと「あたりまえやん」って感じですが、でも私たちは「過去のトラウマが個人を〇〇させる」と、人間の心:精神という「部分」が個人という「全体」を動かしているという考え方を日常的にしています。つまりそこでは「わたし」という「個人」が目的格(客体)になってしまっている。

そうではなくて、あくまで「個人が」主語で、主体として選択し決断して「部分」を使っている。だからトラウマも「個人が(自らの心身を守るためにトラウマ経験から学んだ経験則を参照して)〇〇という行動を起こしている」というふうに考えます。野田さんいわく、そう考えないと治療ができない、なぜならトラウマをもたらした経験(過去)を変更することはできないから。そうではなく、主体である「個人」が自らの経験をどう参照するか、その参照の仕方が日常生活を送るうえで不便なら、もう少し便利な参照の仕方を探しましょう……と患者と合意が取れたら治療がスタートする、それがアドラーカウンセリングの考え方なんです、と説明されました(かといって、「トラウマ(部分)が 個人(全体)を動かす」という考え方が誤っているかというとそうではなく、あくまで仮説として全体論の方が治療しやすいんじゃないの? ということでアドラーではこっちを採用している、だから他のカウンセリング流派とどっちが正しい争いをする気もないし、どこで治療を受けるかは患者個人の主体的な選択でなければ治るものも治らないから、ここが合う人はどうぞってスタンスなのでマイナーで儲かりません…と説明され、当時は「アドラー流子育て」本の類がいっぱい出ていた第一次ブームのときだったので、「売れてますやん…?」と聞いたら「儲かるのは似非なんです」と言われた 笑)

 

『夜と霧』では、強制収容所に移送された最初のショック状態から、「不感無覚」つまり感動の消滅(アパシー)状態に移っていく過程が叙述されていて、そこにこんな文章があります。

感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心。(中略)この不感無覚は、被収容者の心をとっさに囲う、なくてはならない盾なのだ。 ―同37p

すべての努力、そしてそれにともなうすべての感情生活は、たった一つの課題に集中した。つまり、ただひたすら生命を、自分の生命を、そして仲間の生命を維持することに。  ―同45p

個人にとって、カラダはひとつしかない「全体」。その命を守る、生き延びることが目的となったとき、その目的のために「個人が心を動かさない」ということか! …「主体性」というと、何か意志的に決定しているように考えがちだったけれど、アドラー心理学でいう主体性は意志(自覚)の有無には重きを置きません(意識は嘘をつくから、らしい……フロイトが無意識に注目したのもそういうことらしい)。その個人がどうしたいか、何をめざしているかは行動や態度に表れるとし、何かにやらされているのではなく、その人自身が選んだ行動なのだと自覚しなおすために「主体性:主語は個人」というフレームを使うわけです。

個人が、心身を動かす
個人が、主体性をもつ
個人が、人生の主人公である

しかし、そのフレームを使って考えるということは、わたしがなぜその行動をとるのか(目的と、選んだ行為)を自覚するということでもあります。それは、自分の行動に対して「こういう厳しい状況に置かれていたせい」「こんなプレッシャーを感じたせい」と責任を外に出すのではなく、自分の行動に責任を負う、状況を引き受けるということにつながります。だから「主体性」でやりきるためには「勇気」が必要で、厳しい状況もプレッシャーも言い換えれば「勇気をくじく」要素の一つ。……くじかれがちな「勇気」を維持するために「勇気づけ」というキーワードが登場してくるということです。

そこからは、人間の内面にいったいなにが起こったのか、収容所はその人間のどんな本性をあらわにしたかが、内心の決断の結果として、まざまざと見えてくる。つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断をくだせるのだ。(中略)そこに唯一残された、生きることを意味あるものにする可能性は、自分のありようががんじがらめに制限されるなかで、どのような覚悟をするかという、まさにその1点にかかっていた。   ―同 111P

 (……こういうところをつまみ食いする人が、自己啓発本扱いしちゃうんだろうなぁと、引用していて感じました……)

人生の意味の心理学

人間の行動にはすべて理由がある。

その理由を「原因」と考えるのを「原因論」、「目的」と考えるのを「目的論」といい、アドラー心理学では目的論を採用します。原因は過去のトラウマだったり対人関係だったり環境の変化だったり……と無数に出てきてしまうのに比べ、目的はひとつに絞れるので、考えやすいからだそうです(こういうとこ合理的。治療や実践に役立つ、考えやすい方法を採用するということで、ここでも原因論が誤りだということではありません)

そして人間の基本的な目的は「自分の居場所をみつけること」

居場所というのは、社会と交わるやり方、周りの人/社会とうまくやっていく方法のこと。それがわからないと、落ち着いて生きていけないからです。そして人生の課題の大部分は「対人葛藤」と、社会のどこに自分は居ればいいのかという「帰属をめぐる葛藤」だとし、それを「ライフタスク」という概念で呼んでいます。

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。(中略)

ここにいう生きることとは、けっして漠然としたなにかではなく、常に具体的な何かであって、したがって生きることがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、ひとりひとりにたったの一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。(中略)すべての状況はたったの一度、ふたつとないしかたで現象するのであり、そのたびに問いにたいするたったひとつの、ふたつとない、正しい「答え」だけを受け入れる。そしてその答えは、具体的な状況にすでに用意されているのだ。 ―同 130-131pp

 つまり、ライフタスクは常に具体的で、個人はそのタスクに向き合い、経験則を参照枠にしながら解決に向けて行動を起こす。個人の経験は比類ない、その人だけのものなので、経験から導かれるやり方/認知と行動のクセ(個性)も人の数だけ多様にある。だからその「答え」のありようも具体的に多様で、かけがえがないのだ……。

 強制収容所の体験は、たしかに特異で極限の経験だけれど、それでも一つひとつのライフタスクは、隣で一緒に作業しているなかま、SSの監視兵や収容所の所長、被収容者から選抜された配色係や看護人といった人たちとの「対人葛藤」であったり、どこに与すれば生き残れるのかという「帰属をめぐる葛藤」であったりしたことがわかります。まさに最初にフランクルが書いている通り、「経験しない者にはわかりっこない」と思える被収容体験が、部外者にも理解可能に、解き明かされているのです。

 

もちろん、これは私の「読み」です。フランクルが願った「理解」に到達しているかどうかはわかりませんが、ここ数日の読み込みで、私自身は自分のことや社会のありようを考える、大きなヒントを得たように思います。

アドラー心理学が考える《人間と社会》

社会統合論とも呼ばれるそうですが、アドラー心理学では人間を「社会的存在」と考えます。人間は社会から影響を受け、社会によってつくられる。そして社会は人間によって形成され、人間が動かすもの。その相互作用のなかに人間は生きていて、だから人間の悩みのほとんどは、「わたし」の外にある人びとや社会との関係性から発生する……。

これも、こう読むと「あたりまえやん?」って感じになってしまうけれど、やれ「心の闇」だの「無意識を探る」だの、好きですよね、私たち……。これを「精神内界論」といい、対するアドラーのは「社会統合/対人関係論」と呼ぶそうです。

私がアドラー心理学講座を受けに行ったのは、自分の子育てや生徒指導の仕事に役立つかなぁという好奇心からでしたが、講座を受け始めてすぐに気づいたのは私の目的が間違っているということでした。無意識にもっていた「目的」に気づいて、アドラー心理学はそんな目的の人には役立たないと気づいた(笑)

どういうことかというと、子育てにしろ生徒指導にしろ、私にはどこか「どうすれば私の思うように相手が動いてくれるのだろう」という、相手をコントロールする方法を求める目的があるなぁと自覚したのです。でもアドラーは「人を支配しない」ことに目標を置いているので、まったく役に立たない……話が進むにつれ、自分自身の「他人を支配したい欲求」の根深さが浮き彫りになっていくようで。でもそれが辛いかというとそうでもなくて、「じゃあ、支配しないぞ、と決心してみよう」と覚悟を決めて、言われるとおりに自分と子どものやりとりを記録してふりかえってを続けてみたりするうちに、これは心理を知るというより、自分がどう生きるかを具体的に実験してみて、そのやり方が身につくかどうかの訓練だなーと気持ちが変わっていきました。通い始めたときはキャリアとしてカウンセラー資格とかあってもいいのかなという野望?もあったのですが、それも途中で「私は別にカウンセリングしたいわけじゃないな」と自覚して、とにかく自分自身が無理な目標設定を無意識にやらかして生きづらくならないように、ひたすら自分をふりかえるよりどころとして勉強しました。結果として、子どもとの関係では支配しそうになる自分に気づいてブレーキをかけることが比較的うまくできるようになり、その時点で自分では満足してしまったので、勉強もやめたのでした。

そしてそれきり、ほぼ忘れていて、数年前から再びのアドラーブームも「なんかまた微妙…」と横目で見ていただけだったのですが、あるきっかけで『夜と霧』を再読して、いまこんなことを書いているわけです。

ホントにすっかり忘れていたけれど(笑)

以前講座を受けたときにも「へぇ」と思ったのが「アドラー心理学には、哲学がある」ことでした。人間は目的に向かって生きている、個人が目的のために心身を動かす、というのがアドラーの基本原則ですが、その目的をもっと大きく包括する「目標:人間が究極的に望んでいる理想像」として、アドラーは仮想価値として《共同体感覚》というものを想定しているというのです。

この《共同体感覚》がなかなかつかみどころがなくて難しかったのですが、『夜と霧』を読んでいて思ったのは、この《人類の幸福・平和に貢献しようとする感覚》がフランクルをつき動かし、これを書かれたのかなぁということでした。だれも他者を支配しない、だれひとり疎外しない理想の《共同体》に貢献したい、その一員でありたいと願う《感覚》……《共同体感覚》とはそういうことなのかもしれない、と初めてピンときたのでした。まさに「わお!」でした。

アドラーも、不穏になる欧州情勢から逃れてアメリカで没したユダヤ人です。支配や疎外が起きない社会を夢見て、志向して、そういう社会をつくる人間とはどういう人間だろう、理想のパーソナリティってどんなだろう……。科学としてのアドラー心理学では「理想」は「仮説」として、こういうパーソナリティに近づいた方が生きやすいのでは? という提案として使われるそうですが、哲学として「疎外がない社会をめざす」「社会をつくるのは人間だから、そのために貢献できるパーソナリティを育てる」というアイデアを内包している……。

強制収容所の人間は、みずから抵抗して自尊心をふるいたたせないかぎり、自分はまだ主体性をもった存在なのだということを忘れてしまう。内面の自由と独自の価値をそなえた精神的な存在であるという自覚などは論外だ。人は自分を群集のごく一部としか受けとめず、「わたし」という存在は群れの存在のレベルにまで落ち込む。 ―同82p

被収容者を心理学の立場から観察して、まず明らかになるのは、あらかじめ精神的にまた人間的に脆弱な者がその性格を展開していくなかで、収容所世界の影響に染まっていく、という事実だった。脆弱な人間とは、内的なよりどころをもたない人間だ。では、内的なよりどころはどこに求められるのだろう、というのがつぎの問いだ。 ―同114p

フランクルのいう「内面のよりどころ」が、つまりは《共同体感覚》のことではないのか、と思いました。そしてそれは具体的には、仕事を通じて社会に貢献することであったり、愛する人と幸福な暮らしを営むことであったり、そんな小さなベクトルが究極的には理想の人類共同体につながっていく。

 

いま、わたしが生きている21世紀の社会は、相変わらず、だれかを疎外し、支配と抑圧がはびこっているけれど、そんな不完全な「いま」から、理想の社会をめざして生きていくパーソナリティでありたいなと、改めて考えました。

だれのための表現か:金ジェンドリ錦淑さんのお話を聴いて

『草』というグラフィックノベルの日本語訳が出ました。出版社は ころからさん。

『花ばあば』もころからから出ました。いま(私的に)もっとも信頼のおける出版社さん。

korocolor.com

そして、原作者の金ジェンドリ錦淑さんをお招きしてのイベントが開かれたので(東京、大阪、広島…)、参加してきました。

『草』は日本軍「慰安婦」サバイバーである李玉善(イ・オクスン)さんの人生を描いた作品で、作中の折々に作者が玉善さんにインタビューしている様子や、玉善さんの旅路をたどっての取材旅行などの「現在」も挿入されています。イベントでは、なぜこの作品を描こうと思ったのかや、描こうと決めてからの試行錯誤が語られ、その一つひとつのエピソードが非常に示唆に富むものでした。以下、覚書としてお話のメモからピックアップするものです。

慰安婦」を描いた最初の作品:10ページの短編『秘密』

*2013年、李容洙さんに取材した短編『秘密』を描いたのが、日本軍「慰安婦」問題を考えた初めの一歩だった。直接的にはフランス留学から戻り「我が漫画連帯」に参加したが、そこで女性作家が少ないことから「『慰安婦』問題を取り上げてみたら」と勧められたのがきっかけ。

*李容洙さんにインタビューをし、描こうと思えたのは、彼女が「赤いワンピースと革靴」に惹かれて(誘いにだまされ)ついていってしまった、というエピソードに共感したからだった。貧しい女の子が「赤いワンピースと革靴」に惹かれる気持ちはとてもよくわかる、共感できるから、私でも描ける、描きたいと思えた。

*2013年の当時でも、被害を名乗り出ることができていなかった女性は大勢いたと思う。だからラストシーンは、テレビで証言する李容洙さんを見て、被害女性が電話をかける姿にした。そこで電話をかける女性が「私の名まえはキム・マルスンです」と名乗るページが最後。「マルスン」の「マル」は漢字の「末」で、当時の韓国では男尊女卑で跡継ぎの男子が望まれ、娘の誕生が続くと「もう女はいらない」という意味で「末」の字を使う名前を付けるということが行われていた。

*つまり、そこには日本支配という歴史の問題もあるが、ジェンダーの問題、階級の問題があり、そのどれもが外せない、重要な軸だと考えた。

*『秘密』は2014年にフランス・アングレーム漫画祭に出展されたが、そのとき、日本の右翼から「なぜ反日漫画を出品させるのか」というクレーム・攻撃が起きた。私は日本を憎み攻撃するために作品を描いたわけではなく、ジェンダーや階級といった問題も感じている。そこで改めて、私はこの10ページの作品で何を伝えたのか、その伝え方でよかったのか、等々と自問自答するようになった。

*漫画は私にとって、世界を見るための、世界とつながるための媒体だから、誠実に向き合いたい。「慰安婦」問題でいえば、大変な歴史を背負って生きてきたh鳥の女性の人生をしっかり描き切りたいというのが私の望みだと思った。そのためには取材を徹底し、嘘がないように。丁寧に描き切った作品から、何を受け取るかは読者にゆだねたいと考えた。

李玉善さんの人生を描く:出会いから作品構想まで

*2014年からナヌムの家に通い始めたが、じっさいのところ、だれにどんなふうにインタビューをすればいいか、まったく見当がつかないままだった。初めて行った日はほとんど話ができないまま、とりあえず自分の作品をいくつか置いていった。次に訪問したときに、その中の1冊の絵本を楽しそうに読んでおられたのが李玉善さんだった。

*「この人だ!」と直感して、インタビューを始めたが、最初はなかなか話が進まなかった。ある日―その日はたまたま大勢の見学者が来ていて、ハルモニたちも交流に出ていたが、玉善さんは部屋にいて「行かないの?」と聞いたら「私はあそこは嫌だから。今日は二人で話をしよう」と言って、その日は二人きりで長時間話した。話し終えるころには、私の前に少女時代の玉善さんが座って話しているような気がした。その日に聴かせてもらった内容が、作品の軸になった。

*インタビュ―、取材、勉強、描く…をぐるぐる反復しながら製作を進めていったが、悩むことは多かった。たとえば、絵のスタイル。カラーにするか、かわいらしい童画風にするか…等。また、暴力とその苦痛をどう描くか。『秘密』では核心の暴力シーンも描いたが、それでよかったのか…?

*絵は、できる限り簡潔に、余白を多くして、読者に想像の余地を残そうと決めた。いい絵を上手に書こうとするのはやめようと思った。

*世の中には暴力描写があふれていて、私たちはさまざまなメディアでそれを受け取っている。しかし一方で、暴力とは殴ったときのこぶしの痛さ、相手を傷つける感覚、最初はそれを苦々しく感じても、なぜかエスカレートしていく、そういう心理状態まで含めたものであり、そこまで深く考えてもらいたい。暴力描写に慣れてしまっている私たちに、しっかりと暴力の残酷さを伝えるために、直接的な描写をせず、風景や自然描写による隠喩表現を追求した。特に性暴力は直接描かない、と決めた。真っ黒に塗りつぶしたコマもあるが、それは暴力によってもたらされた絶望、苦しみの表現の一つ。読み手に考えてもらう、読み手の想像力を信じようと思った。

タイトル『草』について

*最初「烙印」という案があった。「慰安婦」とひとまとめに呼ばれることが烙印として作用し、彼女たち一人ひとりの個性を塗りつぶしてしまっている。それを訴えるためにあえて「烙印」はどうだろうか?

*「慰安婦」とひとまとめに論じられ「かわいそう」と言われがちだが、彼女たちは「かわいそう」なのだろうか? 実際に話を聴くと、生きる意志の強さ、生き抜いてきた力強さ、ポジティブでしたたかな人たちだ。花にたとえるなら、踏まれても負けずに咲く、壁の隙間からでも根を伸ばし美しく咲く、そんな雑草、『草』だと思った。

*韓国語でも女性を花にたとえる表現は多くて、美しくても醜くても、女性は花。しかしそれは男性目線での「評価」を表すためのたとえだし、手折られる、見物される客体としての女性。しかし女性は主体的だし、強い存在だ。だから『花』ではなく『草』がふさわしいと考えた。

お話を聴いていて考えたこと

さいごに「玉善さんの人生と私たちの人生がどうつながっているか、玉善さんの生きた歴史が私たちの現在とどう結びつくのか。それを問う作品にしたつもりだ。だからこの本は何か問題についての答えを示しているわけではなく、『問い』の本のつもりです」とおっしゃられたのが、とても印象的でした。

「歴史だけでなく、ジェンダーと階級の問題」というのも、その通りだと…。そして作品を読むと、その視点に貫かれていることもよくわかりました。植民地支配のもとで、日本人>朝鮮人という力関係の問題があるのはもちろんですが、男>女、地主>小作人、等々の力関係が何重にも絡み合い、最も弱い「少女」に被害が起きたことがきちんと描かれているし、それは現代の性暴力や女性差別の問題に通じる、まったく古びていない問題なのだと改めて考えました。

問われていることは、この歴史から私たちは何を学ぶのか、学んだのか?」ということだし、この問いはずっと続く類のものです。これだけ考えたから終わり、謝ったから解決、と済んでしまうものではない。ずっと問いは続く…問い続けることでしか、暴力は止められないと思いました。

 

「女を花にたとえるのは、男性目線の慣用」という指摘も、ハッとさせられました。言われてみればその通り…。人がことばをつくる、そのことばによって人がつくられる、そのサイクルにひそやかに忍び込んだバイアスが、私たちに内面化されていくことに、もっと自覚的にならなければいけないなぁと思いました。


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「差別」とは何か

いきなり引用。

「差別してはいけない」という点に反対する人はほとんどいないであろう。しかし、何をもって差別と規定するのか、具体的にどのような現象を差別と見なし、どのような行動を差別として処罰したり規制したりするべきなのか、明らかではない場合がほとんどである。

 

「差別」とは、雇用・教育・住宅・融資・政治などのさまざまな分野で、個人や集団がもっている現実もしくは架空の特徴に基づいて、不公正に人への処遇を違えることをさしている。この場合のポイントは「不公正」という点にある。処遇を違える方が公正だという場合には、同じ処遇にすることが逆に差別になる。

          ーー『人権教育への招待』解放出版社42pより

 

大学で人権に関する講義を担当させてもらうようになって10年が過ぎ…。

毎年、毎期、考えさせられるのが、学生さんたちの最終レポートを読むことになるこの時期。なぜ考えさせられるかって、授業のキモが一向に伝わっていない現実に打ちひしがれるからです(苦笑…まぁ、半年やそこらで全受講生に劇的に伝わるんなら、差別撤廃なんてもうとっくにできているはず? なので、伝わる人には伝わる、伝わらない人には伝わらない、ただ、いま明確に伝わってなくても何らかの引っ掛かりを心に残すことで、いつかどこかで「あ、こういうことか」となってくれたらいいなぁと思っています。それはそれとして)

「差別をしない」のは「やさしい」からか?

学生さんもそうですが、小中学校現場の若い先生たちと接していて思うのが、「やさしい」人がずいぶん多いなぁということです(私の接している範囲が偏っているのかもしれませんが)。そして往々にして「差別をしてはいけません」が、「人を傷つけてはいけません」とイコールでつながっている思考回路があります。

「その何がいけないの?」と思われるかもしれません。私も「いけない」とは思っていませんが、危ういなと思うのです。・・・この思考回路から出てくる「差別」の定義は「人の心を傷つけること」ということになってしまうからです。

もちろん、傷つける目的で故意に攻撃的な言動をぶつけるのはよくないことですが、人が傷つくのは「故意」によらない場合だってある。だから「故意」、つまり「悪意」の有無に注目しすぎていると、ある差別発言に傷ついた人が「それは差別だよ」と指摘したときに「そんなつもり(故意)ではなかった」という言い訳が成り立ってしまいます。

「やさしい」人たちは、思いもよらないところで傷つける発言をしてしまった自分に気づき、「無知の罪」を恥じ、知らないうちに差別してしまう怖さを実感し、「もっと差別や人権について勉強しよう」というモチベーションを持ってくれることもあります。それはもちろん有難いし、学ぶモチベーションはどんなものでもよいと思うのです。

ただ、一方で「こっちには悪意がないんだから、それを責められると辛い」という感情から、「うかつにものを言うと責められる」「なんでも差別だといえば勝てると思ってるマイノリティがうざい」…等々、明後日の方向に行ってしまう人もいます。個人的には「責められると辛い」という感情に向き合ってくれたらいいのになぁとは思いますが、多くの場合、そういう人は自分自身の感情に向き合う前に「責めるあなたが悪い」という思考回路になってしまいがち。そこで「やさしい」人がいくら「でもあの人は傷ついているんだから、そこは考えないと」と情緒的に攻めても、「どうせ私はやさしくありません」と開き直ったり、「私にはやさしさが足りない/人間的に劣るのか」と自己肯定感を損ねる方向にいってしまったりするだけです。

 

やさしさで差別問題は解決しない。要は道徳/心の持ちようをいくら説いても(無駄とまでは言いませんが)、ハマらない人には永遠にハマらない。まずそこに気づいて、「やさしさ」は「差別をしない」ための必要条件かもしれないけれど十分条件ではないと考えるところから、人権学習を組み立てなければいけないのだと思います。

なぜ「悪意」の有無にこだわるのか

実は日本語表現の問題が大きくかかわっていて、私としては「差別」をどうとらえるか、考えるかに関わる日本語表現の整理と使い方を人権教育/啓発に関わる人たちの間で統一、徹底したいなぁという野望があるのですが。・・・それはさておき

故意かどうか、悪意があるかどうかにこだわってしまうのは、前述した通り、「差別とは人の心を傷つけること」という共通理解(?)が社会にあるからだろうと私は考えています。つまり「差別はよくないこと」だとみんなわかっている・・・ようでいて、実はそれが意味しているのは「人が傷つくようなことを言ってはいけない」「人を不快にさせるのはよくない」という、多分に情緒的なものでしかありません。そして、そう考えているときの「差別」は、だれかとだれかの間に個人的に生じるトラブルでしかありません。もちろん、加害者・被害者が明確な差別事件もたくさんありますが、それは「差別」のごく一面でしかありません。

英語では「差別」の心理面は「Bias」「~ism」等と表現し、行為面は「Discrimination」と表現します。日本語でも「差別行為」「差別発言」「偏見」「差別意識」のように分けて表現することもできますが、一般的な用法を見ていると「差別」という一語で両方をふわっとカバーしてしまう場合が、とにかく多い。いま書いたものも「差別〇〇」と「差別」の下位概念としてこう分けられますよという複合名詞の形。唯一「偏見」は違いますが、これも「偏った見方」という意味で、特に差別的なものを指さない使い方も広く行われています。「バイアスがかかる」「ステレオタイプ」等々は英語をカタカナに置き換えただけ・・・日本語には「差別」を説明するための語彙が決定的に足りず、かつ、ふだんの用法として心理面に偏った用いられ方をしている。だから「差別」を問題にするとき、「差別しようという意図があったかどうか」「相手を傷つけようという悪意があったかどうか」、意図や悪意といった内心の問題にすぐに関心がいってしまうのではないでしょうか。

内心はどうでもいい・・・極論かもしれませんが。

日本も批准済みの人種差別撤廃条約女子差別撤廃条約などで禁止している「差別」は「Discrimination」つまり明確に外部に表現された行為なり発言なりの「事象」、あるいはデータとして観察可能な格差等の「実態」を指します。

なぜなら、事象なり実態なり、とにかく外部から観察可能な形でない限り「わからない」からです。内心でどう思ってたかとか考えていたかとか、要するに意図も悪意も、行為の際に宣言しないかぎり「わからない」。わからないものは規制しようがないのだから、立法しようがないわけです(それを立法化すると「内心の自由」を国家権力が侵害することになり、そもそも世界人権宣言から出発した国際人権条約の出発点が揺らいでしまいます)

内心は、表明されない限りわからない・・・だから、最初に宣言されていない限り、私たちは「なぜあんなことを言ったの?/したの?」と後付けで確認するしかありません。「あれは差別だよ」と指摘された「差別はよくないこと(社会的に批判されること)」と知っている人が「差別しようと思ってました」「私には偏見があります」なんて正直に言うわけがないでしょう(正直に言うとしたら、それはかなり確信的な差別者なので、「知らないがゆえに足を踏んでしまった」タイプの人とは分けて考えなければなりません)。多くの場合「そんなつもりじゃなかったのに・・・」と戸惑い、「何がダメなの?」と考えることがそこからスタートするはずです。行為者に悪意がなくても、差別が起きることがある。なぜなら私たちが「差別がある」社会に生きていて、社会からの影響を絶えず受け続けているから。そしてそういう仕組みを知らずに、自然と差別を容認し肯定する言動を再生産してしまっているから。「いまのは差別じゃない?」という問いかけによって、その仕組みに気づき、再生産に加担しない生き方を具体的に模索していくことを考えるーーこれが人権教育の意義だと思います。

 

ちなみに、実は善意に関しても同じことが言えるんですよね。たとえば、電車で「席を譲ろう、譲りたいと思う」内心の動きは表現されない限りわからないし、表現された行為は「こちらにどうぞ」だったり「座りますか?」だったりのシンプルな声掛けでしかありません。その動機が「いい人だと思われたい」なのか「替わるのが当然と思っている」なのか、そんなことをいちいち宣言しません。だから「わからない」。なのに「偽善者ぶってる」等と難癖をつける人がいます。偽善だろうが何だろうが、その行為で助かる人がいるならそれでいいんじゃないでしょうか。なぜそこで「善意」の有無、個人の内心について審査したがるのだろう・・・と思います。

私は内心差別的な考え方をしていたとしても、それが「正しい」かのように堂々と表現されることがないのであれば(表現してはいけないことだと理解して抑えているのなら)、それでよいと思っています。・・・というより、表現されない以上、どうこう言いようがありません。内心には介入できないし、するべきでもない。

一方で、「内心から変わってほしい」と願う気持ちもあります・・・内心で差別的な考えを抱えて表出しない人たちが、いつ「抑え」を外してくるかわからない不安が嫌だと思うから。でも、「内心から変わる」という「根本的な解決」にこだわっている間に、垂れ流されるヘイトスピーチによって傷つく人の救済が後回しになることを避けるためにも、「行為」と「意識(動機)」は分けて、とりあえず行為を止めることを優先するという考え方が大切だと考えるようになりました。ここでも「法律などで強制的に行為を排除しても内心が変わらなければ根本的な解決にならない(から意味がない)」という類の主張には根強いものがあって、気持ちはすこしわかるけれど。でも「内心」を変えることができるのはその人自身であって、外側から強制的に変えることはできないし、変わったかどうかを確かめるすべもありません。その人の行動を長期間観察し続けることで初めて「あぁ、考え方が変わったのかな」と感じ取れるのが関の山です。

だから、内心の変容にこだわり過ぎるのは危うい。だから、極論かもしれないけれど、内心はどうでもいいのです。

コトバにこだわりたい

ことばが社会をつくる。ということを、最近とみに考えるようになりました。

差別を考えるとき、人権について学んでいるとき、そこでのことば遣いに「差別に苦しむ人のことを考えてあげなければ」や「問題をわかってもらうために」といった「あげもらい」表現が自然と忍び込んでいるとき、そこには「私は問題を考えてあげる立場/被差別者は周りに理解を求めて考えてもらう立場」という上下意識が潜んでいます(「当事者」ということばの使われ方にも。差別は社会問題であり、社会を構成するのは私たち一人ひとりなのだから、本来差別問題の当事者はこの社会の構成員全員であるはずなのに被差別者の意味で「当事者」を使うことの、なんと多いことか!)

エンパシーと混同されがちな言葉にシンパシーがある。/両者の違いは子どもや英語学習中の外国人が重点的に教わるポイントだが(中略)つまり、シンパシーのほうは「感情や行為や理解」なのだが、エンパシーのほうは「能力」なのである。前者はふつうに同情したり、共感したりすることのようだが、後者はどうやらそうではなさそうである。(中略)

つまり、シンパシーのほうはかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力をしなくとも自然に出て来る。だが、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。

     ーー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
           ブレイディみかこ(新潮社)75p

思うに、日本の人権教育・人権学習は「寄り添う」「共感する」といったことばで、「シンパシー」を求めてきたのではないでしょうか。

シンパシーもエンパシーもごちゃまぜに「共感」「同情」といったことばで表現されてこなかったか。だから差別や人権侵害の被害を訴える人が、同情に値する人物かどうか(自然と共感を呼び、一緒に考えたくなる人柄かどうか)が過剰に問題視されてしまうのではないのか。・・・反省すべきところはたくさんあると思います。

人権はだれもにある権利だから、私がとても共感できない、大嫌いな相手であっても人権はあるし、尊重されなければならない。同情できる相手、共感できる相手だけを大切にするのは、人権の尊重ではありません。だからシンパシーではなく、エンパシーという概念が必要になるわけです。でも、そこを意識して使い分けるということを、日本語はまだできていないと思います。

「差別」を訴えるときに、マイノリティからの指摘、怒りの声は重要ですが、その声でしか語れないのは問題です。その差別を受けない側のマジョリティが、マイノリティのことばにタダ乗りすることなく、自分自身のことばで問題を指摘し、自分自身のコトバで怒りを表明する文化を育てることが、反差別の社会をつくるということではないでしょうか。どんな問題にも言えますが「当事者に寄り添う」と言いながら、怒りのことばを勝手に借りていくような運動のしかたが多かった気もします。

マイノリティが声をあげやすい環境をつくるためにも、マジョリティ側から「差別に対して怒ることば(表現)」を豊かにしていく、「人権を大切にすることばや行為」を豊かにしていく、ということを、もっと意識していきたいです。

 

おそらく、そういった文化が社会に醸成されていくことで、内心に差別的な考えを抱えている人たちも、何気ない会話や日常生活のなかでモヤモヤと葛藤させられることが増えていくのではないでしょうか。内心は表明されない限り「わからない」とはいえ、言動の端々に思想は現れるものです。人権文化が広がることで「いまのそれはどうなの?」と引っかかる人が増えていけば、その人が考えざるを得なくなる場面が増えていく。「内心には介入できない」けれど、社会的に人権の文化が構築されて、その人をとりまく人たちの考え方に「反差別が多め」になっていけば、変化を促されるはずだと思います(そう信じてないと、こんな地道な教育の仕事はやってられません 笑)

 

「これは差別では?」という事象、事態に出くわしたとき、まず何をすべきかという優先順位、短期的な戦術(差別言動をまず止める)と長期的な戦略(差別事象が起きにくい条件整備を考え、実行する)、並行して何をするのか(差別を見抜く力、問題が生じる構造を解析し解決策を導く力を育てる教育)という判断・・・等々を考える、その基礎力を培うことが、大学で行う人権教育のキモかなぁと考えます。

だって大学は高等教育機関ですから。小中高校では「エンパシー」の能力を育てることがキモでしょうか。「わからない」から学ぶ。「他人の靴を履いてみる」

そんなことを考える2月です。

 

 

 

DIE(演劇を教育に!)

放置すると忘れそうなので…。

先日、京都府八幡市立美濃山小学校の公開授業研にお邪魔しました。

授業づくりに「演劇的手法」を取り入れるということを続けてこられて3年目
(当初は府の研究指定を受けていたそうですが、それが切れた後も「自分たちで勝手にやってればいいんじゃない?」って、続けているそうです。その点ひとつとっても良い職場だと思います)

この記事も胸に響く・・・

「見える」ようになって見えなくなること。 - いわせんの仕事部屋

 

DIEは、私が勝手に名付けました。「NIE(Newspaper in Education)」という教育運動がありますので、それを真似て(ちなみに美濃山小ではNIEの実践もやっておられました)。6月に実践が書籍化されるようなので、詳しくはそちらを待ってください(笑)

ここでは、私が見てきて感じたことを備忘的に。

 

演劇的手法のキモ:2次元の描写を身体で3次元に再現する

これも私が勝手に「キモ」だと思っただけで、美濃山小のみなさんの見解ではないので、そこは念のため。

私自身が演劇をやっていて(私の場合、部活からの部活指導)、演劇したいと集まってくる高校生を見ていて感じていたのが、年々「2次元情報を3次元化する」力が落ちているということでした。台本は文字なので2次元。その文字情報から場の設定、人物同士の距離感や、その人物の風貌、表情、動作を考えて、自分の身体を使って舞台に立つ/舞台をつくるのが演劇。なのに、それが苦手なのは致命的なわけで、なんでだろうか???と年々悩んでいたわけです…。

読書量が足りない。といえば一言で済まされてしまいますが、ではなぜ、そうなっているのか? 人間には物語が必要で、だからドラマや映画、漫画、RPG等々のコンテンツはガンガン増えている(小説も)。にもかかわらず?

それは、人間がそもそも怠惰(笑)で、楽な方に流れる性質があるからなんだろうなと思うわけです。文字から情報を取り込んで、そこから映像を想像するのにかかる労力と、映像で一度に情報を取り込む労力を比べれば、後者の方が楽。わかりやすい。そして、90年代ぐらいから学校も社会も消費者サービスモードが強まって「わかりやすさが神」みたいになっている。大学生でも、スライドも映像もなく、ハンドアウトの資料だけでしゃべっている授業だと全然ついてこない--こういうのこそ、学力低下だろうと思うけれど、学業成績自体は私の現役のころよりずっとよいようなので、なんだかなぁと思うわけです(蛇足)

今回見せていただいた授業では、文学教材の描写にそって、「両手を伸ばす」「空を見上げる」といった動作を児童に実際にやらせる、ということをしたり、伝記を読みこんでその人物になりきってインタビューに答えるというロールプレイをしていたり、といったことをしていました。それらは演劇的手法のごく一部なのですが、ありがちな「読解⇒表現」ではなく、「読解⇔表現」の双方向になっていることがキモなんですよね。身体を通して「読む」。読んだことを「身体化」する。「やってみる」ことで「理解」する。こうかな?と読み取ったことを「やってみる」。その反復。

あぁ、こんなふうに「読む」経験が圧倒的に不足しているから、台本を舞台に上げる力が弱まっていくんだなぁ…と再認識させられました。

美濃山小でも、国語・道徳の授業改革からスタートはしているのですが、今は全教科に広げていこうとされています。実際、理科なら実験の手順を読んでそれを再現できるかという話だし、社会ならその説明から「実際」をイメージできるかという話なので、文字情報を立体的に理解する力はとても大切(つまりは国語科はそういったすべての教科を支える言語スキル教科なのだけど、そこが忘れられてやいませんか? ということを「日本語指導を要する児童生徒のーうんちゃら」の話のたびに思うこととも通底する…私的に)

「文字が読める」ことで「読めた気になる」のが危うい。

大人のみなさんも、「身体で読む」こと、できてますか? と問いたい。

 

職員室が演劇的

世の先生方の「授業研」に対する実感を聞いてみましょう…(笑)

私は授業研が大好きで、現場にいるときも「やります!」とはりきる派だったのですが、そういう人は少数派だということも思い知ったのでした。

いま、現場から引いて、授業研にお邪魔することもときどきあるのですが、7割ぐらいは「授業研担当の先生が頑張っている」「当たったから仕方なくやってる感見え見え」です(悩ましい…)。現場が多忙だからしょうがないという気持ちもありつつ、でも学校の基本は授業なのに、そこにすらやる気が出せないぐらい多忙だとしたらもう末期的ですよ、ヘル日本。と言いたくなるのをこらえて頑張っている先生をねぎらうのですが。

美濃山小で驚いたのは、教員全体が授業研をつくっている、「All for One」だったこと。みんなが前のめり。しかも若い先生からベテラン勢まで同じテンション。

(そんなんあるわけない…と思う方は、機会があればぜひ行ってみましょう)

そもそも、授業づくりのサイクルも「演劇的手法」を取り入れていて、

イデア→模擬検討(手法を教職員みんなで試してみる/授業を受ける児童の気持ちになって)→授業→ふりかえり(授業内容・手法を教員で再現して、そこから検討会)→次のアイデア と、「文書とミーティング」だけの検討ではなく、ロールプレイ等々を自分達でもやってみることで、身体を通して検討するサイクルを定着させているそうです(その流れを「再現劇」で見せてくださって、それも超おもしろかったのです)

これはよくある演劇ワークショップの流れと似ていて、

課題(テーマや設定のみ与えられる)→表現のアイデア出し→実際にやってみる→ふりかえって調整→やってみる→調整・検討→(てな具合で反復)→小品として発表

これをやると、相手にダメだしするコミュニケーションではなく、作品を作り上げるためにポジティブな、協力的なコミュニケーションをするようになるのです(そうしないと作品が完成しない。文句ばっかり言って、人のせいにしても何の得もないから)。

おそらくはその繰り返しで、このチームワークが育ったのだろうなぁと思いました。

感嘆。

演劇はよい。

 

自分も演劇してたのに、こういうことはできなかったなぁと反省もしました。
(自分の授業とか、同じ科目を担当する小さなチーム内ではやってみたこともあったけど、国語科チーム内に広げることもできなかったし、まして学校全体なんて。そこまでやろうという意識もなかったもんな…)

 

イエナプランだの、インターナショナルバカロレア認証だの、「日本の学校の従来のありかた」とは違う教育思潮が一部でもてはやされつつある?感のある昨今ですが、現行の公立学校でも、できることはまだまだたくさんある。そんな元気もいただきました。

 

6月に出る本が楽しみ。