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『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』鴻上尚史

「9回出撃して9回帰ってきた」佐々木友次さんという特攻兵のことを、鴻上さんが調べ、インタビューし、書かれたもの。

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私も新聞の書評で「9回出撃して9回帰ってきた」というところに俄然興味を引かれて買ったのだけれど、想像以上だった。当然、「特攻とはなにか」という問題にも触れられるのだろうとは思っていたけれど、これはリーダー論、日本論としてもすぐれた1冊。

鴻上尚史さんは第三舞台を率いていた演出家・劇作家だ。平田オリザさんもそうだけど、鴻上さんも演劇に関する書籍やワークショップなどで「どうすればうまく動けるか」とか「どうすれば構成が作れるか」とかいったことを、高校生初心者でもわかるように説明するのが巧い。高校で演劇部の指導をするようになって彼らの著作を読んで、「なぜ自分が高校生のときにこういう人がいなかったのか・・・」と思ったものだ。何を言ってるかわからない、情念だ、情熱だ、身体性だ・・・??? わけもわからずに右往左往していた高校生の頃の時間返せ! と思ったり(笑)

けれど、「精神」を語るのは、リーダーとして一番安易な道です。/職場の上司も、学校の先生も、スポーツのコーチも、演劇の演出家も、ダメな人ほど、「心構え」しか語りません。心構え、気迫、やる気は、もちろん大切ですが、それしか語れないということはリーダーとして中身がないのです。/ほんとうに優れたリーダーは、リアリズムを語ります。現状分析、今必要な技術、敵の状態、対応策など、です。今なにをなすべきか、何が必要かを、具体的に語れるのです。261-262pp第4章特攻の実情

これは、いかに特攻を立案した上層部や命令した指揮官といった「命令する側」の人間にリアリズムがなかったか、という分析の中の一文。アメリカ軍の戦闘機をかいくぐぐって目標(戦艦)に近づき体当たりを成功させるのは至難の業なのに、そんな飛行条件もパイロットの技量も何も理解できない人たちが「気合いがあればできる!」とただただ叫んでいる・・・そういう実情をさまざまな資料で紹介されるのを読んでいると、憤りややるせなさで何とも言えない気持ちになってしまった。と同時に、今の総理とか官房長官とか大阪府知事とか…といった政治家の顔が何度も思い浮かび、背筋が寒くなることおびただしかった。怖すぎる。

そして、特攻に駆り出された優秀なパイロットたちの中に、佐々木さんのように「死ぬことではなく攻撃を成功させることが大事なのでは?」と疑問を持ち、無謀な作戦や嫌がらせのような命令に抗い、異議を唱えた人たちがいたことを知り、こういう人たちの抵抗の姿こそ、もっと知られなければならないと思った。(鴻上さん自身、そのためにこの本が書きたかったのだと本書のなかで述べている)

特攻について知らなかったこともたくさんあり、勉強にもなった。特攻機は爆弾を抱えたまま突っ込むことを念頭に改造されているから、攻撃を受けても迎撃することができない。だからその援護のためについていく別の戦闘機があり、その戦闘機のパイロットが特攻の戦果を目視で確認して報告するのだということとか、実際には高度から爆弾を落とす方が貫通力は強く、体当たりでは鋼鉄の軍艦の甲板は破壊できないこと、そもそも体当たりするには高度な飛行技術が必要で、経験の浅いパイロットでは無理だったということ・・・。読めば読むほど理不尽極まりなく、何がしたいんだ日本軍は! とまったく理解できない。そりゃ負けるよ。負けて良かったよ。と思う。けれど、負けてもまったく反省なしだった「命令する側」の言動の数々も出てきて、開いた口がふさがらない。亡くなった方に申し訳ないとしたら、こんな言動をのさばらせてきた戦後社会の私たちの不甲斐なさだよ・・・・・・。(21世紀になってもなお、美談にすり替えた特攻戦記がベストセラーになったり映画化されたりしているわけで。ほんとうに申し訳ない)

今の政治家とダブる・・・と書いたけれど、これは学校現場にも言えるかもしれない。
文科省が「学力向上」をいい、現場は「そういう問題と違うやろ・・・」と、そのリアリティのなさを嘆く。けれど世間の声も「学力向上!」の方が好きで、そのものさしでしか学校を見ない。子どものかかえている現実や保護者の直面している困難、その背後にあるグローバル社会という情勢・・・そこで現実に向き合い生き延びていくために必要な力を子どもが育てていくために、学校や大人に何ができるのかを考えている教師は、異議を唱えて抵抗する。でもそういう教師は煙たがられ、うるさがられ、「そんなことより学力を上げろ」と言われる。クラスの定員や授業内容の精選など、必要な手立てを提案しても予算がないとか制度上無理とか、そして最終的に「本気で子どもを思うならできるやろ!」とパッションの問題にすり替えられる。・・・そんなことがあまりにもまかり通っている。

本書に登場する佐々木さんはじめ、無謀無茶苦茶な軍の方針に抵抗した人たちの当時の年齢は、みな20代だ(佐々木さんは21歳)。彼らが抵抗できたのは、飛行機が好きで確かなスキルを持ち、自分の知識と技術に自信があったからだと思う。だとすれば、現在の私たちもまた、自分のやりたいことを磨き、それぞれの専門性を高めていくことで「おかしい」と気づく力を持つこと、そして「おかしい」と思ったら抵抗すること、抵抗する方法を考えてやり抜くことが、理不尽な歴史を乗り越えていく道ではないか。

広く読まれてほしい、と思う。

これとセットで『青空に飛ぶ』という小説(講談社)もあるとのことなので、次はそれを読むかな。鴻上尚史さんには『「空気」と「世間」』という著書もあり、こちらも優れた日本論。(本書と同じ講談社新書)オススメです。