わったり☆がったり

왔다 갔다(行ったり来たり)な毎日です(*^_^*)

防弾少年団と、兵役

釜山コンサートが終わり…

 

楽しかったね…良かったね…と、泣きながら安堵したのだけど、

そのすぐ後に、兵役義務履行へ手続きを進めます の公式発表が来て。

前に自分でもつらつら書いていて

《暴力装置》について考えている……BTS「PROOF」が届いた日に - わったり☆がったり

釜山コンサートの決定から実施までの間に起きたゴタゴタ(会場変更だとか、決定過程への疑惑とか、諸々)やら、その間にも釜山市が国に「兵役免除してあげれば?」的なことを言ったとか、閣僚が「BTSの兵役免除について意識調査して…」と言い出し国防部が「そんなものの結果で判断しない」と言い…と、そういった「大人たちの思惑」報道のたびに、名まえを出されてしまうJINくんが気の毒だし腹は立つし、そもそも彼らは一度だって「行きたくない」も「行きたい」も公には言ってない(言えないよね、どう考えても…)。ただ「会社に一任しています」と一貫して答えてきたのに。

前に書いた通り、個人的な思いとしては兵役なんて行ってほしくない。世界中のだれであれ、兵士になんてなってほしくないけれど、防弾少年団に関しては彼らが大切にしてきた価値観と軍隊があまりにも違うから。・・・でも、上記のようなゴタゴタを目の当たりにして、兵役免除になればなったで後々なにを言われるか、恩着せがましく国に利用されるんじゃないか・・・と考えると、もう粛々と行かせてあげて! と、この夏あたりから思っていました。嫌だけど、おそらくは嫌悪感も拒否感も飲み込んで受け入れると決めた彼らの意思を尊重してあげてほしい・・・と。

だから、覚悟していたはずなのに。

いざ「兵役行きます」となったら、もうつらくて涙が止まらない。

youtu.be

つらすぎて、この「어른아이」を自分で訳してみたりして(余計つらいやん・・・と自分でツッコんでしまったけど、せずにはおれなかったのです・・・)

*ちなみに日本語字幕付きはこちら

 

こんなに繊細で心優しい青年が、銃を持たねばならない国。

韓国で、「男の子」と生まれて育った少年たち。

なぜ韓国に徴兵制があるのか。

なぜ北緯38度線で分断され「一時休戦」という緊張状態のままなのか。

なぜ米韓軍事演習があり、DPRKはミサイル実験をするのか。

そのすべてに、日本は隣国として、旧宗主国大日本帝国として深くかかわっている。

憲法の下、「国際紛争の解決手段としての武力の一切を放棄」するはずだった日本が、自衛隊という名の軍備ができる国になったことも同じ文脈にある。

植民地支配の総括もできず、したがって植民地主義からくる差別意識の是正にも消極的なまま、70数年を無為に消費してきた日本。

極度の「緊張」を抱え込むことになった朝鮮半島を一顧だにせず、その冷戦の熱い代理戦争のおかげで経済復興し、G7にまで仲間入りした日本。

大日本帝国が朝鮮を植民地にしていなければ、朝鮮半島が代理戦争を引き受けさせられることにはならなかった。

 

・・・韓国には徴兵制がある。その責任の端に、私は連なっている。

 

「어른아이」のSUGAパートに「어릴 적에 크면 통일될 거래 라던 엄마 말만 철썩같이 믿고 믿었네(幼い頃、大きくなる頃には 統一が成っているだろうからって 母さんが言ったことばだけ、強く強く信じていたんだけど)」というくだりがある。

SUGAは1993年生まれだ。

89年にベルリンの壁が崩壊して、「だったら、38度線も!」と夢を見た。

おそらく私なんかよりもっと切実に、(私と同世代のはずの)彼らの親御さんたちは願っただろう。大国のパワーゲームと緊張の最前線に置かれ、長く軍事独裁に苦しんできた国をサバイブしてきた人たちが、どんな思いでいただろうと想像する。軍人出身ではない大統領が誕生し、民主化の方向に間違いなく踏み出した、その時代。

きっと、これから社会はよくなっていく。未来は明るい。南北統一だって、きっと。

そんなふうに幼い息子に語りながら、子育てしておられたのかな・・・と想像する。胸が苦しくなる。

私も1996年に息子を生んでいる。そのとき、世界はもっとよくなっていくと思っていた。ポスト冷戦。これからは人権と平和の世紀になっていくのだ、そんな21世紀をめざせるのだと。

ところがそうはならなかった。

ペレストロイカグラスノスチ社会民主主義国家に変貌するかと期待されたのも束の間、ゴルバチョフは失脚し、ソビエト連邦は崩壊し、世界は新たなパワーゲームに突入してしまった。

韓国は1997年にIMF危機に見舞われる。日本もバブルが崩壊し、長い不況に入る。

 

가족들의 어루만짐, 그 달콤한 로맨스는 끝 
家族の愛あるいたわり、その甘ったるいロマンスはおしまい

남은 건 그저 서두름과 서투름뿐      
残ったのは ただ性急さと不器用さだけ

깃털같을 줄로만 알았던 스무살의 무게   
鳥の羽みたいなもんかと思っていた、20歳の重み

이젠 바위가 되어 짓눌러, 스무살의 후회  
いまや 岩になってのしかかる、20歳の後悔

Oh no! 이제 막 동화책을 뛰쳐나온 피터팬들 
Oh No!たった今 童話の本を飛び出してきたピーターパン

처음부터 없었나봐 네버랜드는       
はじめからなかったみたい、ネバーランド

(「어른아이」ラプモンのパート。拙訳)

 

それでも。

私は息子が「兵士になる」ことを憂いて心配する必要はなかったのだ。

この決定的な違い。

(もちろん「自衛官になる」と言い出される可能性はゼロではないけど、義務ではないのだから。職業選択の自由の内なのだ。日本では)

つらい。

 

いまだって、米韓日軍事同盟の動向が38度線の緊張感を左右する。

ウクライナとロシアの戦争に明らかなように、
戦闘(武力衝突)は一度始まると収拾するのがむずかしい。

だから、剣ではなくペンを
武力ではなく、ことばを尽くした交渉を

その努力をする国になるはずだった。

大日本帝国だったことを総括して前に進むのなら、武力の増強ではなく、外交の知恵を深め、知恵にたけた交渉力をもって和平に貢献する日本をめざすのが道理だ。

でも、わが母国はそれをしなかった。むしろ逆方向に進みたがる政治家をのさばらせてしまった現在地に、私はいる。

憲法9条を何かと邪魔にし、
「普通の軍隊を持つ普通の国家になりたい」と言う人たち。

「普通」ってなに?

大日本帝国に非道な仕打ちを受けたアジア諸国が(アメリカの介入や圧力があってのこととはいえ)、戦後賠償も反省も不十分な日本を甘んじて受け入れてくれた、その理由の一つに、憲法9条があることをどう考えているんだろうか。「少なくとも自分から戦争を起こしたり攻撃したりはしない国になったのだ」という安心を、9条は担保していた。その重み。

そもそも「戦力放棄」をうたう憲法条文を解釈によって「自衛隊ならOK」とし、世界で上から数えられるレベルの軍備を既に保持している。憲法を変える必要がどこにあるのか。

一方で「国民」は「日本国籍者」だと解釈して、旧植民地ルーツの人びとを社会保障から締め出してきた。いまだ「国民(peaple)」を「日本国籍者(Japanese national)」と解釈したがる政治家は多い。

法を恣意的に運用し捻じ曲げることが横行し続けるこの国の、どこが民主主義国家なのか。

私は闘わなければならない。自分の足元の、彼らの隣国たるこの国で。

 

こんな隣国でごめんね。

 

彼らには、マイクが似合う。

戦場ではなく、華やかなステージで、共感と連帯の声に包まれて、はしゃいで騒いで笑っているのが、何よりも似合う。

似つかわしくない姿をさせてしまうこと。

たとえ限られた期間であろうと。

ほんとうに、力のない、ダメな大人でごめんね。

訓練が訓練で終えられますように。

ただ祈るのではなく、為すべきことがたくさんある。私は私の為すべきことをしながら、あなたたちの心身の無事と安全を心から祈りながら、待っています。

Grow Old with me,BTS. 


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ちなみに斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』(イースト・プレス)がすごく良くて、これを書く前にも読みかえしました。お勧めです。

 

---アップして何時間も経たないのに、追記(苦笑)

SNSで、「それでも彼らに『兵役なんて嫌だけど』と、ひとこと言ってほしかった」という呟きを見ました。軍隊なんて、戦争なんて、僕らがめざしてきたものとは違う、と。

気持ちはとてもよくわかる。

でも、そのひとことを付け足せば何が起きるかを想像するに、おそらくそこは会社も彼らの家族も大反対するのではないかな・・・との想像もつく。民主化したとはいえ、そして現今の状況のなかでかつてのような拘束や人権無視の取調べ(拷問)は起きないだろうとはいえ、韓国にはまだ国家保安法が生きている。

文在寅政権でも、国家保安法を廃することができなかったのだ(ましてや差別禁止法だよな・・・と改めて思う…)。まして今は保守政権下だ。

つくづく、無力感を覚えてしまうけれど。

先日、ソウルでお会いした方たちは「リベラル政権のときは(市民活動家たちは)みんな好き勝手いって全然まとまらないんだけど、保守政権になったらギュッと連帯するから大丈夫(笑)」とホントにゲラゲラ笑っておられた。

厳しい歴史を潜り抜けてきただけのことはあるよな・・・とガツンと頭を打った。

『韓国文学の中心にあるもの』にも書いてあるけれど、70年代の軍事独裁政権下、検閲で文学も映画もズタボロにされた時代に、その監視をかいくぐってことばを、思いを届けるために、作家たちがあの手この手で、とにかく「発禁」だけは避けようと奮闘した。そんな歴史が過去形ではなく、生々しく息づいている。韓国で詩がたくさん書かれ、愛され、詩人が尊敬されるのも、検閲をかいくぐるのに詩という形態が好都合だったからだという理由があるとも知った。剣より筆の、武より文の、詩の国。

だから、彼らがそのひとことを言わない/言えないからといって、悲しむ必要はないのだと私は思う。したたかに、その思いを秘めながら、彼らは前に進むのだろう。そして、同じ思いを胸に秘めて連帯し、進むARMYがいる。

弾圧されても弾圧されても、民主化の火は消えなかった。

そしてその思いをつなぐ重要な役割を、詩に紡がれたことばが担ってきたとするならば、彼らの紡いだ歌詞たちも、その系譜の上にあると思う。

 

つくづく、防弾少年団が韓国から生まれたのは必然だったと思う。

分断の深い葛藤に苦しんできた東アジアの小さな国から、
暴力を憎み、平和を愛し、人を信頼し連帯することの素晴らしさを訴える若者が世界に羽ばたいたこと、そして世界中に彼らに共感する人びとの輪が広がったこと。

それが意味することを噛みしめたい。