「ARIRANG」から、いろんなことを考えちゃう今日この頃。

へぇ、そうなの?
と少年団が聞いてくれる気満々でこっちを見るので(笑)
Speak Myself ……だ!
公演会場でアリランをシンガロン…の風景
高陽でのコンサートのライブ配信をみて、その光景に震えてしまいました。
アリランを組み込んだ「Body to Body」、アリラン部分は客席のARMYに任され…
そしてそこからの「Idle」
「チファジャ、チョッター!」と何度もぶちあがりながら、花道をデモ隊のように練り歩いていく7人(リーダーのみ、足首負傷の影響なのか王様の椅子に座って運ばれていくので、王の行進みたいにもなってしまってましたが。東京公演初日はそれがなく一緒に歩いていたけれど、2日目はまた復活してたので、やっぱりあれに乗るのはしょうがなくそうしてるだけで、本当は歩きたいんだよね、ナムジュニ(と思う私)。そしてかれの足首が心配です。3月20日ごろの負傷で全治3週間とか言ってたのに4月初旬には飛び跳ねてたからな…)

王様っぽい(笑)

こちらの写真はデモっぽいというか、私は韓国のペンライトデモ、そしてなぜか『レ・ミゼラブル』の最後の場面を思い出しました。ホビだからかな。闘う民衆の先頭にいる感じがするのは…(民衆を率いる自由の女神。っぽい)
これを、東京ドームでもやるのか、そりゃやるよね、
そうか……
高陽2日目のライブビューイングでも、アリランを歌いながら胸いっぱいになってしまいましたが、
東京ドームでオッケチュムしながらARMYの歌声を聴いている推しを前に歌っていたら、それこそいろんな感慨が去来してしまい、感情が溢れました(ちょっと悔いているのは、そこに至るまでに既に叫びすぎてて、声がガラガラだったことです…朗々と歌いたかったぜ…)
この演出について、さまざまな意見が飛び交っていることに、実は東京に行く直前まで気づいていませんでした。それは、かれらが懸念したこと、議論していたこととも重なります。かつ、意見、思いを表明する人の属性(本国ARMY、日本人ARMY、在日コリアン、欧米圏で暮らすコリア系…etc)をみると、さらに考えさせられる部分もありました。これを書き始めたのも、そこで、胸を熱くして、歌いたい!歌うぜ!となって、実際、全力で歌っていた私自身の立場性とは?を考えてしまったから。
※『BTS:THE RETURN』であの議論の場面が肝になってたのは、やっぱそういうことだよな……とも。どうしたって、議論になっちゃうし、意見も割れるに決まってる、そういうセンシティブな話だと。
なにゆえ私は胸が高鳴ってしまったのか
アミボム(ペンライト)が輝き、フラッグがはためき、そこを歌い弾けながら歩く人たち……という光景は、私を40年前に引き戻しました。
そもそも、演出じたい、2026年の「Body to Body」から2016年の「Idle」へタイムトリップしたような、そして両者が重なり、防弾少年団の変化と変わらなさ、ここにあるコミュニティの結束の再確認を感じさせるものでした。
だから私も、自分自身の20代に遡ってしまったのかもしれません。
重なったのは、当時、日本社会全体を揺るがしていた反外登法の運動の風景でした。
指紋押捺拒否を「人差し指の自由」を求める行動なのだと
それは「日本人へのラブコール」なのだと
プラカードを掲げてコールし、歩いたデモ隊
先頭で、チャンゴやケンガリを打ち鳴らし、民族衣装で跳ね、踊っていた人たち。
それは、存在を透明化されてきた人びとの、
「私たちはここにいる」という主張そのものでした。
反外登法運動に限らず、在日コリアンが差別撤廃と人権保障を訴えるとき、集会でも、デモでも、アリランやイムジンガンといった朝鮮語の歌がよく歌われていました。80年代は小学校の教科書に「世界の民謡紹介」の一つとしてアリランが掲載されていたし、大阪では民族学級でみんながよく歌う楽曲でもあり、アリランは知る人が多い曲でした。私も、アリランは知っていて、イムジンガンやソングジャ(先駆者)、サランへ…等は、運動に参加する中で覚えていったと思います。(逆に、アリランをいつ知って覚えたかは記憶になく……。思うに高校生の頃、学校に朝鮮文化研究会があったので、そのステージで知ったのではないかと。そして朝文研が歌や踊り等をステージで披露してくれてたのも、日本に在日コリアンがいるんたぞ!と、透明化されまいとする抵抗の表現だったんだと思います)
それはかれらが生まれるはるか前の、しかも日本での話なので、BTSとは全然関係がないことではありますが……。でも、最初に「デモみたい!」と思ったとき、あの突然の戒厳令を止めるために集まった韓国の民衆の姿を思い出すと同時に、私は80年代の国会前を思い出したのです。理不尽なことにNOを突き付ける、理不尽な法律や命令には従わない、そしてその理不尽な暴力に、非暴力で立ち向かうとき、傍らにあった音楽と踊り。
元々、「Idle」も韓国的な要素を詰め込みつつ、世界的なスターに上り詰めつつあった自分たちが何者なのか、どうありたいのか、それは自分たちが決めるよ…と宣言するような曲なので、「私たちはここにいる」に通じますよね……(個人的な思い入れですが)
その流れに向かう入り口として、みんなでアリランを歌う……
地べたから生まれて、人びとに歌い継がれてきた、シンプルな歌を。
その空気に参加できることが、ただただ嬉しかったのです。
私の立場性
BTSを好きになってから、日韓の歴史、植民地支配の歴史について学び始めた真面目な日本人ARMYの、少なくない人たちが「私がアリランを一緒に歌っていいのか?」という逡巡を吐露しているのを見て、
「…あ」
あれ? 私はなぜ、一片の躊躇もなく「アリランだぜ!歌うぜ!」とぶちあがってしまったのか…?と思いました。そして、躊躇を感じなかった自分に、少々不安を覚えました。
旧宗主国につながる側。かつて朝鮮語を奪い、日本語を押し付けて、朝鮮の土着の豊かな文化を破壊した側につながっている者、という立場の、日本人の私。過酷な植民地支配の中で、そしてその後に続いた朝鮮戦争の混乱のなかで、朝鮮の人たちが歌い継ぎ、守り抜いた歌を、日本人の私が呑気に歌っていいのか? という問いは、とても誠実な問いかけ。
そう理解できるのに、自分自身はその問いが浮かばなかった。
なぜだろう…と考えてみて
一つは、私にとって「アリラン」という歌が、
前項で書いたように20代のころから在日コリアンの友人や先輩、子どもたちと、折に触れ一緒に歌ってきた歌で、改めて覚えたり意味を考えたりの必要がない、ただ慣れ親しんだ歌だった、ということが大きいのかも?と考えました。
そういう歌だったからこそ、今回のアルバムよりずっと以前に、
こちらの動画に感激して、一緒に歌っていた、ということもありました。
これも10年前なんですね。私が観たのはコロナ禍だったので2021年頃かな?
え、え、こんなアリラン!? と、それこそ学生時代に一緒にアリランを歌っていた友人知人に「観て観て!」と勧めて回ってうるさがられてしまいました。
それは、学生時代、文化発表のイベントを前に、子ども会で、
「……楽しいけど、学校でやるのは緊張する」
「大事なのはわかるけど、古臭くない? なんかダサい」
とぶつくさ言っている子どもたちに、指導員さんが「ダサくないやろ~カッコええやろ~」「ほら、カッコええや~ん」と明るく盛り上げながら練習していた光景と、そのとき「いい歌やん、私は好きやで~」と陳腐なことしか言えなかった不甲斐ない自分を覚えてもいたからで……。不甲斐ないなぁと思いながら、だからこそ間違えずにちゃんと歌おうと、とにかく発音を丸暗記して歌っていた頃。
日本の人に馴染みがない朝鮮語、朝鮮の歌や踊りを発表するのは、これも「私たちはここにいる」と示す意味合いがあり、日本人マジョリティ側にとっては、身近に在日コリアンがいて、ずっと地域社会で生きてきたし、これからも隣人として生きていくのだということを、ともに生きる当事者として考えるきっかけでした。
少なくとも、そういう場を学校につくり、日本とは異なる文化につながる人たちが、日本の学校でともに学んでいることを可視化し、日本人マジョリティの子どもたちが、そこを入り口に、不幸な歴史も差別の実態もともに学び、差別のないコミュニティーを創造する、そういう場へと学校・地域を育てていこうと取り組む現場があった。そして、そこに偶然、19歳だった私は入り込み、一緒に歌ったり踊ったり、料理を作って食べたりしながら、社会に対する視点、分析力、「ともに生きる」関係性を教わってきました。
民族名を名乗れば「変な名まえ」とからかわれ、朝鮮語で何か言えば「何それ、変な発音」と言われ……とにかく一事が万事、日本文化より劣るもの、カッコ悪いものという価値観で覆われていた日本社会で、その名を名札に書き、朝鮮語であいさつをし、朝鮮語の歌を歌い…という活動をしている子どもたちにとって、学校は日々闘いの場で、
私はその闘いを応援したいと願いつつ、具体的には何が応援になるのか、支えになるのか皆目わからない、とにかく自分が不甲斐なくて毎日泣いている…という日々だった頃。
それから40年経って、不甲斐ないのは相変わらずですが、何の役に立てるかわからないけれど、とにかく「私はともにいる」と決めて傍らに居続けるということが大事なんだと実感もできるようになりました。
BTSにハマったのもたまたまだったけれど、
こんなにポップで力強い、そしてカッコいい「アリラン」があるんだ! と見つけて興奮したとき、その感激を共有できる旧知の仲間たちがいたこと--私が自分の感激と興奮を素朴に信じて、「アリラン」を一緒に歌うことに躊躇なくいられたのは、そういう日々の延長線だったから、なのかもしれません。
※ただし、東京公演の後、東京ドームが、旧東京砲兵工廠跡地、つまり侵略を支えた巨大軍需工場の場所であったこと等も踏まえて、アリラン歌唱が「植民地支配の歴史を乗り越えた瞬間!」と絶賛(?)するような書き込みも見かけましたが、私はそれは言い過ぎだろう…と正直思っています。というより、BTSとARMYに、そんな戦後補償の責任めいたものを押し付けるな、と思うので。総括をせねばならないのは、第一義的には日本政府だし、いまだに「謝る必要がない」だの「植民地支配はいいことだった」だの、自己都合の勝手な歴史否定が跋扈する日本社会が変わらない限り、心あるARMYが、誠意を込めてアリランを歌っていたとしても、そんなことで帳消しになるわけがないし、そうできるかのような言説を(特に日本人マジョリティが)言うのは、軽率かと。
だいたい、すぐにそうやって美談にしたがるのは、ホントに良くないですよ!
(私見ですが、そんな大上段からの論評をしているのは、たいてい中高年男性。ただ「BTSいいね、好き」と言えばいいのに、「こういうふうに意義深いからかれらは素晴らしいんだ」と注釈付けないと「好き」って言えないのかな?と思う…のは余談。でもこれもトキシック・マスキュリニティで、自分で自分の首を絞めているのかもね…)
素朴な愛郷心と、有害な愛国心と
ドキュメンタリー『BTS:THE RETURN』でも、楽曲として「アリラン」を使うことについて、「愛国心」の問題が出ていましたが……。
(それについてはこちらで書いたので割愛しつつ)
*7人とも個性や強みがバラバラ/ソロ活動を経てそれがハッキリした
*7人の共通点は何かと考えたら「7人全員韓国人」「全員がソウル外の出身」
*原点を確認してみよう…
からの、「ARIRANG」(英語にしたら7文字だった!というのは冗談でしょうけどw)
ドキュメンタリー内でも、他のインタビューでも、
「忘れちゃいけないのは、僕らはただの、韓国の田舎者だということ」とRMさんも語っています。
「田舎者」にもさまざまな含意があるのだろうと思いますが
音楽市場の中心であるアメリカから見れば極東というド田舎から出てきた、英語話者でもない「Alians」の自分たち、というアイデンティティ
ヒップホップ由来のレペゼン(Represent:代表する)にあたりますが、
つまりグローバル市場で勝負しているからこそ、中心であるアメリカに対して、辺境の韓国が自分たちの地元であること、それがかれらのアイデンティティとして非常に重要だし、外せない、ということですよね。
そしてそもそも「レペゼン」というとき、そこにあるのは抽象的な愛国心のようなものではなく、そこで生まれ育ったという愛着や大事な家族や友人が暮らす街に向ける愛情といった、具体的な風景を伴う愛郷心を誇りとして顕示するものだと思うのです(ヒップホップにそんなに造詣が深いわけじゃないのですが、ここは合ってるはず)
素朴な愛郷心は、誰にもあるし、いいとか悪いとかでなく、自然な感情だと思っていますが、愛国心(ナショナリズム)の方は、しばしば有害なので、要警戒。
それこそ、「アジアの優等生たる大日本帝国の帝国臣民として国家を愛し国家に尽くす」ことが愛国心とされ、そのプライドをふりかざして近隣諸国を侵略支配し、戦争に突き進む国に滅私奉公する国民であることを強要した「愛国心」。それは、自分が生まれ育った街にも、愛する人たちとも関係がない。なのに、「大事な人を守るために国を守らねば」「ふるさと、我が日本を守るのだ!」とすりかえられ、故郷への素朴な愛情を国家への忠誠に読み替えられて、滅私奉公に動員されてきた歴史をふりかえれば、もはや百害あって一利もないのが愛国心じゃなかろうか、とも思えます。
韓国の場合、日本の支配に対する抵抗、独立運動が、そのナショナリズムの根にあるので、日本とは事情が異なる面がありますが、それでもやはり、国家権力が間違った道を歩もうとしているのに無批判に支持する態度を「愛国心」と呼ぶなら、それは有害だろ!と考える市民が多かったからこそ、「12.3.内乱」を止めることもできたのだと思うのです。あのとき、夜中に国会前に駆けつけた市民たちにあったのは、偏狭で有害な愛国心ではなく、民主主義を希求する意志だったと思うし、BTSもそちら側に与する人たちだと思っています(そもそもあのまま戒厳令下になってたら、BTSなんて真っ先にブラックリスト入りして国外活動できなくなってたと思うし)
愛郷心の意味で、母国のことを「好き」というのは全然かまわないし、私も生まれ育った国ですから「日本」に愛情はある(だからこそ、おかしなことをする政府に激怒もするわけで)。ただ、自分の素朴な感情が、愛国心の枠に組み込まれて利用されるのは嫌なので、そこにはきっちり線引きをしておきたいのです。そもそも、人あっての国です。人が人の暮らしを守るために仕組みとしてつくったものが、仕組みの方を優先して人を疎外してどうするんだよ……。
そして、BTSのメンバーもきっと、そこの線引きを持っているはず(と信じている)
そう考えていたら、これも「有害な男性性」と同じで、
「男らしさ」と呼ばれる態度、外見やふるまい、それじたいが有害なわけではなく、その「らしさ」に固執することで自分や他人の感情や意思をないがしろにし、抑圧してしまうから「有害」になるように、「愛国心」も、「母国のこういうとこ、いいよね、大好き」と感じることが有害なわけじゃなく、母国・祖国といったものは愛すべきものだと強要する結果、個人の自由を侵害するから「有害」になるんだ、と思います。
それでも、それでも、
コンサート全体の流れと演出、アルバムの構成、全楽曲のメッセージを通してみれば、かれらが有害な愛国心にはきっぱり線を引き、自分たちのレペゼンとは何かに立ち戻り、「いま・ここ」の思いを最大限に伝えているのが『ARIRANG』だとわかるけれど、
アリランがサンプリングされたということだけを切り取られたり、
アリランを歌うあの光景だけを切り取られたり、
太極旗のデザインをモチーフにした映像や演出だけを切り取られたりすると、
「ナショナリズムに全振り?」みたいな誤解を招く、そういう危うさは確かにあるな…とも思っています。だから、その危うさに対するモヤモヤや批判の意見には、頷けるものもたくさんありました。韓国での評価も割れているし、ARMYの間でもいろんな意見があり、特に(私の目に入りやすいというのもあるけれど)在日コリアンの方の意見が百家争鳴なのは、これはもう仕方がない気がしています。だって、有害な愛国心・ナショナリズムにずっとふりまわされてきた過去があるから。今回だって、「BTSが愛国心むき出しにしてきた、やっぱり奴らは反日アイドルだ」と反日反日と言いたがる人たちのガソリンになってしまったら、その攻撃に直撃されるのは、かれらではなく在日コリアンです(この、ある国の有名人を標的に差別的な言辞を連ねることによって、その国に繋がる在日外国人への偏見・差別意識が助長され、差別が悪化するという構造が、なかなか理解されないのが厄介。かれらも韓国の韓国人で、民族的なマイノリティとして生まれ育っているわけじゃないから、ナショナリズムが高揚したときに身の危険を覚えるエスニック・マイノリティの存在を、どれぐらいわかってるのかな…と、私も気にはなっている…)。
アルバム・楽曲を聴かずに、そういう意見に乗っかって悪口を言っているアンチも多いので、あんまり根を詰めて全部を追ってはいませんが……。
BTSのかれら自身は、韓国の田舎者、たかだか30代の若造…と、自分を考えているし、その立ち位置から楽曲をつくり、公演をつくり、しているんだけど、
ちょっと何か言っただけでそれがニュースになって世界中を駆け巡ってしまうぐらい、破格の影響力をもってしまった、いわば強い権力性を帯びてしまっている面もあるわけで…。もうずいぶん前だけど、ユンギとナムジュニが「もう僕らはアンダードッグじゃなくなったんだから、こんな歌詞…」「いや、こんな社会は変だろ?っていうのは大事でしょ」と話したことがあったらしいのだけど、きっとそういう逡巡と葛藤は、まだしばらくついて回るのだろうな。辛いけど、そこをどう昇華していくのか、できれば長く見守っていきたいオンマアミです。
※この曲をつくった時のエピソード。ユンギさん談
そんな、自分たちの置かれた状況、立場性は重々承知しつつ、それでも「ぼくらは極東の小さな国の田舎者だ」というところに依拠して、そこから出発することは譲れないのだと言うかれらを、私は応援したいです。

だってこんなに可愛いのに!(そこじゃないってばw)
でも、こういうのって、日々、マジョリティ性とマイノリティ性の混合体である自分自身の立場性について考えながら、ことばを選び、考え、働く私にとっては、
「同志よ!」
って気持ちになる要素でもあって、沼はますます深まっていくのでした。





















