大日本帝国時代/日帝強占期の朝鮮文化について。備忘
友人から知って、ある記事を読んだ。このリンクにある、「中上健次は軽蔑に値する( 久保覚)」という記事だ。
※中上健次氏への批判内容については、何とも判断しかねるので触れません…
日本が朝鮮を植民地にしていた時期、特に「文化統治期」と呼ばれる1920年代を中心に勉強していたくせに、初めて知ったことが多くて、恥じ入るばかりだった。と同時に、当然総督府はそこまでやっただろうな…と納得もいくし、そういえば「国語教科書」に地域の伝承芸能、特に「人」にかかわる記述って見なかった気がするな…と、自分の迂闊さを呪ってしまう。仏像だの、土器だの、古代遺跡だの…「モノ」の教材は記憶にある。
もう少し自分でも調べたいところだけれど(祭りとか大衆芸能とか、好きな割に不勉強…)
とりあえず、リンクを見失うと嫌なので、備忘的にここに貼って、いま思うことを書いておく(ちなみに、朝これを読んで「うわぁ!」ってなって、思わずSNSに書き散らしていたら、勢い余って? 94s:J-Hope&RM愛が爆発してしまった(笑…後述)。
何ヶ所か、まず引用。
韓国の民俗学者崔吉城氏は、その『朝鮮の祭りと巫俗』(第一書房)のなかで、「日本植民地政府は迷信打破の名目下に村人の団結力を強める村祭り、特に別神 クッのような祝祭を禁止する政策を施行した」と書いているが、その「政策」の「施行」のために、朝鮮総督府はムーダンたちのことも弾圧した。つぎの、警察 などの行政力を動員して現地調査をおこない、それを朝鮮総督府嘱託である「民俗学者」村山智順がまとめた、朝鮮総督府調査資料第四十四輯『朝鮮の郷土神祀 第一部・部落祭』からの引用をよんでみてほしい。
「部落祭に際して舞楽を奏することは、現在にては余りその多きを見ず、またその規模も至って小なるものであるが、今から二、三十年前までは相当盛大なもの が各地方に行はれて居たやうである。元来この祭神舞楽は、伝統的にクツ(神楽)ノリ(神遊)を専業として巫覡及び舞踊曲芸に堪能なる広大等に依って行はれ て居たものであり、又この祭神舞楽には多額の経費を要し、且つこの祭場が全く一種の娯楽場視さられ、享楽場化される因をなしたものであった。そこで二 三十年前から諸事革新の機運が動くに従ひ、先づ巫覡の迷信行為に対する取締に依って巫覡の活動範囲が縮少せられ、生活改善の提唱に依って多額の経費を要するものは冗費節約の名に依って削減せられ、各種の行事に風紀衛生其他の見地より検討と取締が加へられるに至るや、最もその影響を受けたものの一つ がこの祭神舞楽、殊に部落祭に伴ふ舞楽であったのである」(テキスト強調引用者:久保覚)
ぼくはいろいろな資料を通じて、日帝時代にムーダンたちが弾圧されてきたことは知っていた。だが、みぎの「調査資料」のいう、「巫覡」への「取締」りに よる「巫覡の活動範囲」の「縮少」が、ムーダンの自分の娘への技芸の伝授・教育までもがその対象になっていたことは金淑子さんの話ではじめて知った。
しかし、警察につかまっても、金淑子さんのお父さんは自分の娘に歌と踊りを教えることをやめなかった。ムーダンというより以上に、むしろ芸術家気質がつよ く名人芸のもち主であった金徳順さんは、娘をムーダンに育てるための家業の伝授としてだけの意味よりも、むしろ自分が誇りとする芸のすべてを、天分をみこ んだ自分の娘に教えることによって後世にのこしておきたいという強烈な意志をもっていたのだ。自宅では稽古をつけることができなくなったお父さんは、人目 につかず、音ももれない山のなかの洞窟に金淑子さんを連れていき、そこで教育した。だがそれも発覚して、金徳順親子はまた警察に連行された。そんなことが 何回もくり返された。
警察でついに拷問がくわえられた。大人の父親だけでなく、七歳の少女である金淑子さんまでもが拷問された。拷問は足に集中した。踊れないようにするため だった。
途中引かれている総督府資料、要するに「経費はかかるくせに因習の類で何の益もないから止めさせる」ということだ。「節約」を盾にした文化弾圧。「白衣民族」と呼ばれるほど白い衣装を好んだ朝鮮の人びとに対し、洗濯に手間のかかる白衣は「無駄」だから色のついたものを着ろと「推奨」したのもそうだし、要は「近代化・文明化」を理由に植民地支配を正当化するお決まりロジック。
さきの『朝鮮の郷土神祀第一部・部落祭』は、一九三七年(昭和十二年)に刊行されている。つまり、あの文章をていねいに読めば気づくことだが、日本は併合 の直後から朝鮮の村祭りを禁止した。また、村祭りにともなう綱引き、石戦、車戦、木牛戦などの民俗戯も、それに仮面劇の上演も禁止した。金淑子さんの体験 を一例にして示したように、朝鮮民俗芸能の中心的保持者であるムーダンたちのことも抑圧し、各地を放浪するとくに一般民衆との交流のつよい下級パンソリ演唱者たちに阿片をのませ、芸ができないようにした。さらに村祭りと共に民俗芸能の空間でもある市場も弾圧した。一時は、民謡の「アリラン」でさえも、その歌唱を禁止した。そしてこうした直接的禁圧の一方で、初等学校をはじめとする教育機関、警察、行政機関、ジャーナリズムを総動員して、朝鮮の民俗文化、民俗芸術を、迷信的であり、劣等な後進的なものだとする植民地史観、文化観を朝鮮人にたいして植えつけていった。すなわち、日本の植民地支配は、外部と内部の両方から朝鮮の民俗文化、民俗芸術を解体し、歪曲し、断種しようとしたのである。
このような日本の朝鮮民俗文化、民俗芸術の破壊をめぐって、韓国民俗劇研究所の創立者の一人である金潤洙は、一九七五年の当時の朴政権から大学を追われる 最終の講議でこうのべている。
「……政治的な面はいうまでもなく、文化的にも劣等感を持つように威圧する必要があり、そのために朝鮮の民俗や民俗芸術は絶好の標的となった。日本がわれ われの民俗・民俗芸術を攻撃し、毀損したのには具体的な理由があったことのように思われる。それは土俗文化こそ民族的なものの原型であり、価値であるがた めに、否定せねばならなかったのである。……外敵の侵略に抗拒した歴史的力量が、すなわち民衆であったことを確認するようになるや、その基礎である土俗文 化を破壊することで、民衆の共同体意識を根こそぎつぶしてしまおうという心づもりだったのである」(『新しい美学を求めて』)
同化政策は「精神のジェノサイド」だと言われるゆえん。
わかってはいるけれど、改めて大日本帝国はろくなことをしていない。
そうやって、抑圧され禁じられ、途絶えかけたものを復興してきた人たちの努力の結果、いま私たちはチャンダンのリズムやパンソリの美しい声と物語の響きを楽しむことができるということだ。韓国の人たちの(私にとっては学生時代に出会った在日コリアン1世の女性たちの)、興がのれば自然と身体が動き出してオッケチュムになる姿を、素敵だなぁと呑気に感動していたけれど、それは力づくで奪われかけたものを身体の奥深くで守り抜いてきた、そういう力の源を感じていたからかもしれない。いまさらそんなことに気づいている自分が恥ずかしい。とともに、文化を奪う、別の文化に塗り替えると言うのは簡単だけど(そして支配したい側はそれにこだわるけれど)、人の心身に根付いた文化は、そう簡単に、そこから引き抜くことができないものなのだ、とも思う。文化は「人につく」のだ。
人は歌舞音曲なしに生きられないのだと私は思っているのだけれど、
人が集まるところにそれが生まれる、ということは「集まる場」であるところの生活の場、暮らしている地域に歌や踊りは生まれてくる。それをさして「土着」「民俗」という表現があり、「朝鮮文化」「日本文化」と地名で呼んでしまうわけだけれど、文化がくっついているのは土地ではなく、あくまでも「そこに生きている人」なのだということを、私は大事に考えたいと思う。というより、そんなふうに「文化」をとらえないと、同化主義/植民地主義の文化政策がなぜダメなのかをとらえられない気がしている。
何語で話したいのか
どの名で呼ばれたいのか
どんな歌が好きか
喜怒哀楽とともに湧き上がるのはどんな感覚か
どんなことが好きで、どう生きていたいか
そんな自分の輪郭を守るために、譲れない線(尊厳)はどこか
そのどれもが「文化」の問題だと思う。
(以下はARMYの戯言です)
BTSの土着性
BTSにはまり始めの頃、あれこれ動画をみていたらかれらが「アリラン」を歌って踊っているものをみつけて、驚愕&感動でバカみたいにその動画をループし続けてしまったことがある(いまでも、昔からつきあいがある友人には、突然思い出してそれを「みてみて!」と薦めてしまう)
何が驚愕したって…ホビ(J-Hppe)の「オッケチュム」だった。
BTSのダンス番長なのはわかってたけど、この人の根っこにあるのはこれか! となんか泣きそうになってしまったのだ(なんで私が泣く…我ながらおこがましい)
そして、こちらのステージ。
そもそも「IDLE」という楽曲が、チャンダンで「オルスチョッタ~!」なのだけど(←語彙!)、こんなに朝鮮の伝統のリズムと音を前面に押し出してくる演出するんだなぁ…と(これまた何回観たか…)カッコよすぎるだろ…。
そして、さまざまな映像を観ていくなかで、みんなもちろんダンスはうまいのだけど、ホビの身体性というのか、常に地に足の着いた泥臭さというのか、単に踊り巧者なわけではない何か…に釘付けになり。(ダンサーとしてはJiminも好きなのだけど、Jiminのダンスはパフォーマンスとしての完成度の魅力というのか…。ホビももちろん完成度は高いけども…←語彙!)
自分の原点は、光州の路上(Street)だとかれ自身も言っていたけれど、
本当に、日々歩く道の上で、その地面/足元からエネルギーを受け取って、そのエネルギーかれの身体を通してリズムになり発散されていくような、そういうダンスだなと思うのです。このMVはそれがよく出てると思うんですよね…。
そして、かれ自身は登場しないけれど、かれにとっての「Street」と「Dance」がよくわかるなぁと勝手に納得しているMVがこちら
好きすぎる…。
ホビだけでなく、BTSのメンバーは(特にラップラインの3人は)みんな独特の泥臭さを持っていると私は思っているのだけど、
ナムジュニ(RM)とユンギ(SUGA)はことば/語りの土着性、ホビは身体の土着性…って感じがある。ことばになる前に、音楽になって身体が動きだしてしまう感じ。その身体に、ことばがついてきてラップが紡がれているような、そんな感じ。
で、ナムジュニから感じるのは、朝鮮の詩の伝統/「詩の国」を体現しているようなエネルギー。例えるとパンソリに感じるものに近い。吟遊詩人的な。対してユンギさんは生の語りそのものの身世打鈴(シンセタリョン)。喜怒哀楽がほとばしってくる感じ。
いずれにせよ、かつて日本に蹂躙されそれでも自分たちの歌舞音曲を手放さなかった人たちの系譜に、かれらは繋がっていると私は思っていて、私にとってのかれらの魅力はそこにある
(いや、それだけではないけどね…)
また、アーティストとして、というのとは少し異なるけれど、先に引用した記事にあるのと同様に、家醸酒(カヤンジュ)の伝統も植民地期~朝鮮戦争で途絶え、その復興に努めている人たちがいることを知ったのは、JINさんのこのコンテンツのおかげだったことも付記。
「聖地巡り」として、この伝統酒研究所への見学申し込みが殺到しているらしいのだけど、少なくとも日本人は、なぜロクダム先生がそんなご苦労をされたのかという背景についても学んでほしいな…。そんな重苦しい…と思うかもしれないけれど、少なくとも私は、私自身がさまざまな出会いと知識の積み重ねの延長のうえにBTSが現れてくれて、さらに自分の人生が豊かになったと思っています。