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合理的「配慮」の「配慮」は「思いやり」じゃない

コラムニストの伊是名夏子さんが、ご自身の旅行に際して「合理的配慮」を求めて淡々と、辛抱強く交渉した経緯をブログで公開したら、SNS上で酷い差別的なバッシングが起きた件。

 

いやもう、JRしっかりせーよ…と思いながら読みつつも、そんな「炎上」が起ころうとは思わず(そこが私の甘いところというか…これが「外国人」絡みのことであれば先回りして心配するくせに…)、友人の「Twitter見てたら病む」ということばでやっと気づいて覗いたら、ほんとうに信じがたい闇が展開していた。ヘル日本め。

 

こういうとき、私はカッカしてしまって、即座につぶやきで返したりできないので、それをやっている人たちにはいつもながら頭が下がりまくる。つくづく、ネットでの差別言動にはネットで対抗せねばと言うのは易いけれど、実行は難しい。

 

そんなことをモヤモヤ考えていたら、当の伊是名さんがブログを更新された。

blog.livedoor.jp

つくづく頭が下がる。素晴らしいアクティビストで、私はこの人に絶対連帯する。

そして、こういう人たちの闘いの果てに駅のエレベーターやスロープやステップフリーのバスが生まれたことを、改めて考える。

 

30年ほど前、脳性麻痺の方の介護に行っていていた。当時はいまみたいな法律もなく、地域で「フツーに」暮らしたい障害者は自力でボランティアを集めてシフトを組んで、生活を回していた。言ってしまえば、人間的な魅力(?)というかアピール力というかがない障害者に自立生活の壁は異様なまでに分厚かった時代(『こんな夜更けにバナナかよ』の時代…)

私も大学で「自立生活運動」に触れるまで、そして実際に介護の現場に入るまでは、「だって障害があるんだから仕方がないんじゃないの…」と思っている人だった。歩行障害を持つことになったかもしれないという生い立ちのある私にとって、その考えはねじ曲がって私自身を攻撃するものでもあったのだけど。

 

でも「仕方がない」ことなんてない。

というか、実際に願って行動したうえで「まぁこの辺で仕方がないか」と折り合いとして納得する「仕方がない」は有りだけれど、

願うことすら「わがまま」「ぜいたく」と封じ込められて諦めさせられる「仕方がない」は無しだ。

ということを私は学んだ。そしてその学びは私自身をすごく助けてくれた。

そして、障害者差別解消法がいう「合理的配慮」は、この「折り合い」がポイントなのだ。障害者が「こうしたい」と願うことを聞いた側の都合で「できる/できない」を一方的に決めることではない。願いを聞いて、できることを考え伝え、そこからまた次善の策を検討し…の末に辿りつく「折り合い」。願い、伝えることはわがままなんかじゃない。それがなければ「折り合う」ことすら始まらない。

 

30年前、お花見やピクニック、日常の買い物、介護者集めのための大学通い…等などのお出掛けのたびに、車椅子を押した。当時も電動車椅子はあったけれど、使い勝手が悪かったので外出は常に手動のものだった。なぜ使い勝手が悪かったかというと、街中に段差がありまくり、エレベーターやスロープのない駅の方が多かったからだ。電動は重くて持ち上げられない(いまも重いけれど当時のものはもっと重かった)けれど、手動なら人力で持ち上げられる。

いま、エレベーターやスロープが増えて、法律もできて駅員さんが必ず電車の乗降のためにスロープを用意してくれる(事前に連絡しないといけないけれど)ようになって、ついぞそういう光景は見なくなったけれど、私たちは駅で周りの人に声をかけて車椅子ごとその人を持ち上げて階段を昇降していた。「手伝っていただけませんか?」と声をかけると、だいたいの人は「え…」とひるんだ顔をして数秒考えて「いいですけど、(自分に)できますか…?」と不安そうに聞いてくれるのが常だった。「大丈夫です!」と、安全確保のために必要な人数(前後二人ずつ4人)になるまで声をかけて、「ここを持っていただいてですね…」と説明して、「では行きます! せーのっ」と声をかけあって階段を制覇する。手伝ってくれた人はたいてい「なるほど…」という表情になって、そのまま駅のホームで電車を待ちながら雑談したりもした。私はそのたびに、これって小さな啓発活動だよなぁと思っていた。障害者の外出を「わがまま」「ぜいたく」という人は、こういう小さな「なるほど」体験がないんだろうとも思っていた。

 

時が流れて、いまは自立支援センターなどがコーディネートを担い、介護者やヘルパーの派遣も法的に保障されるようになった(それでも介護者の確保は大変だけれど、私たちのころのように完全に無償で無資格のボランティアに依存せざるを得なかった危うさに比べたら、有償/アルバイトとして募集ができ、ガイドヘルパーなどの資格取得の機会もあるのは本当に心強いと思う)。街のバリアフリーも進んで、電動車椅子でスイスイ一人で外出している人も、昔に比べればよく見かけるようにもなった。

でも、そのことが大多数のマジョリティに「専門資格もないのに介護なんてやっていいのか」とか「(電車の乗降に責任持つべきは駅員で)通りすがりの自分がかかわるべきことではないのでは」といった、いっけんもっともそうな別のバリアを生み出しているような気もしてならない。

 

リオ五輪のとき、現地の治安がどうこうとディスるようなメディアも多かったなかで、「車椅子の乗客がいると、他の乗客が寄ってたかって手伝う(?)から、駅員がいちいち来なくても何とかなっているリオデジャネイロ」の話があったのが記憶に残っている。なんかおもしろい街だなぁと思った。その、寄ってたかって手伝っている人たちは、「自分には知識がないから」とか「筋違いの親切の押し売りになったらどうしよう」とか「変に手を出してケガさせたらどうしよう」とか、たぶん考えてないんだろうなぁと可笑しかった。そういうことを考えない方がいいとか、考える方が生真面目すぎるとか、ジャッジしたいわけではないけれど、どっちの方が気楽に生きられるかを考えたら、断然リオじゃないかと思わされてしまった。そして、30年前に通りすがりの人に誰かれ構わず声をかけていた(いや、嘘です。力のありそうな若い人かつあまり急いでなさそうな人を選ってました…)私たちも、手伝ってくれた人も、そこはあまり考えていなかった気がする。考えれば危険(何よりも障害者本人がいちばん危険)な行為には違いなく、だからエレベーター付けて!って話だけれど…。

 

そういえばとある駅で駅員さんと言い合い?になったことがあった。

いつものように「手伝ってくださーい!」で出かけた帰り、改札を通ったときに駅員さんが「エレベーターありますよ」と言ったのだ。え? あるの!知らんかったー…と私たちは素直に駅員さんの案内についていった…ら、え?どこまで行くの?ここどこ?と延々歩かされた先に、貨物用のエレベーターが!

「いや、これ貨物用ですよね…」

(「うちは荷物か!」と苦笑いしながら本人がつぶやいて、介護者は聞き取れたから「そやんなぁ、気ぃ悪いよなぁ…」とお互にアイコンタクトで苦笑いだったけど、駅員さんは聞き取れず&気づかず)

「でもホームまで上がりますから」

「ホームのだいぶ端っこになりますよね…」

「まぁそうですね」

で、まぁ私たちは遠慮もなく「やったら担いだ方が早かったな」「だいぶ遠回りしたな」とか、ついベラベラ笑ってしまい、それに駅員さんがムッとされて

「エレベーターがなければ仕方がないですけど、それ(車椅子ごと担いでの昇降)って危険行為ですから!」

「いや、それはわかってますけど」

「それで事故が起きたら、ぼくらのせいになるんですよ。いい加減にしてください」

・・・駅員さんもそんな余計なこと言わなければいいのに、その一言で私たちはスイッチが入ってしまい

「こんなにわかりにくいところの、しかも貨物用エレベーターを『エレベーターあります』って胸を張られるのは、なんか違う気がします」

「この人も私たちも荷物じゃないんで」

「だいたいこんな大きなターミナル駅なのに、いつになったらちゃんとした障害者用エレベーターつくんですか?」

私たちの剣幕(?)に駅員さんは完全に虚を突かれたようになって、「いや、すいません…」とムッとしつつモゴモゴになり、車椅子の主が笑い出して「まぁええやん。今日のは貸しにしとこ!」と言ったので、「ほんまや。駅員さんに言うても駅員さんも困るやんなぁ」「ごめんなさい」とか言いながら、私たちはエレベーターを降りて、ホームの端っこから電車に乗れるところまで笑いながら歩いた。駅員さんがどんな顔で見送っていたのかは見なかった。その駅はその後もさまざまな障害者個人や団体から「なんとかせーよ」とつつかれまくった末、大改修工事をやっている(もう終わったかな? 工事の報道で知ったけど、古いうえに増築を重ねていて構造的にどこならエレベーター設置可能かを決めるだけでめちゃくちゃややこしかったらしい…)。

 

願いを伝えなければ、社会は変わらないのだ。

 

合理的配慮の、元の英語の直訳は「理にかなった調整」だ。

「理にかなう≒合理的」はそのとおりなんだけれど、「配慮」ってさ…とずっとモヤモヤしている。「配慮」なんて用語にするから、する側の余裕や事情がかなえば「配慮」してあげてください的な意味に誤解されている気がする(今回の伊是名さんへのバッシングもそうだ。なぜみんなしてJR側の都合や事情にばかり肩入れする?)。障害者が求めているのは「配慮」ではなく、自分の願いが最大限叶うために、どうにか調整や工夫ができないかという「折り合い」だ。そもそも、その願いは障害のない(と思っているだけかもしれない)者なら意識すらしないような「あたりまえの行動」に過ぎないのに、なぜそれが「仕方がない」「あきらめろ」なのか。

伊是名さんのブログを読むと、ずいぶん事前に考え、調べて計画を練っておられて、頭が下がる。基本的に計画を立てた行動が苦手な私からすれば、尊敬しかない。つまり、伊是名さんは現実の日本社会の交通アクセスの問題に詳しく、その知識を以てそれなりに「折り合い」をつけるつもりで駅に電話したり質問したりしているのだ(正直、あのブログの懇切丁寧な文章でそれが読み取れないってどういうことだ?と思ってしまう)。なのに「事前にちゃんと調べろ」だの「駅に連絡したのか」だのと難癖付ける人がいるというのが、私にとっても恐怖だ。無計画にプラプラ途中下車して何か起きたら私が責められる社会に私は生きているのだなぁと怖くなる。

もしかしたら、バッシングしている人も、そういう恐怖があって、だから自分は責められないように、相手に付け入るスキを見せないように汲々と言動に注意を払いながら、そんな状況に「なんでよ!」と怒ることもできず、「仕方がない」と諦めることがあたりまえになっているのかもしれない。だから、家族と旅行したい、コロナ禍でいろいろと諦めさせられて我慢している我が子に、少しでも楽しい時間を過ごさせてあげたいというささやかな願いをかなえようとしてがんばる伊是名さんの姿が、自分の諦めを非難しているように思えてしまうのかもしれない。

でも、伊是名さんが闘っている相手は、そんなふうに我慢している人たちではなく、「ささやかな願いを願いとして追及することに立ちはだかった壁」の方だし、自分が非難されたように感じて伊是名さんを批判した人(そうだとしたら、だけど)が闘うべき相手も、その同じ壁の方なのになと思う。伊是名さんをバッシングしたら、仲間割れだよ……。

 

小田原駅熱海駅の駅員さんたちも、自分が責められたとか思わないでほしい。30年前のとある駅の駅員さんと同じで、問題は駅の構造(がバリアフルなのは障害者の利用をまったく考えずに駅を設計してきた長い差別の歴史の蓄積)だったり、採算の問題で無人化されてしまう、そんな交通インフラでいいのか?をまじめに考えない社会だったり(もっといえば国鉄を民営化してよかったのか問題まで遡っちゃうけど)、駅員さん個人の配慮≒思いやりの問題ではまったくない。

 

あのとき「今日のは貸しにしたろ」と言った人はもう何年も前に亡くなったけれど、その貸しはちゃんとしたエレベーターになって返ってきた。今回の伊是名さんの「貸し」も、もっと暮らしやすい日本社会になって返ってくるに違いない。